第29話:おや、シルフくんの様子が……!?

 いよいよ魔法の練習が始まるとなり、私はエマに期待の眼差しを向ける。


「風魔法であれば、ウィンドウォールで敵の攻撃を防ぐ方法が一般的」


 シルフくんが風の妖精ということもあり、その魔力を受け取った私は、風魔法との相性がいい。


 うまく使いこなせば、神様と崇められる妖精と同等レベルなので、初めて使う魔法にワクワクしていた。


「ウィンドウォール……。敵の攻撃を防ぐ風の障壁みたいなものだね。それで、どうすればいいの?」

「これは簡単。魔力をこうして、こうして、こう」


 前方にブワッと強い風が下から上に舞い上がり、風の障壁が展開される。


 空気の密度も濃いのか、風が巡回している影響なのかはわからないが、障壁の向こう側が見えなくなるほど強い風だった。


 ただ、一言だけ言いたい。


「いや、わからないから」


 エマの説明が雑すぎて、サッパリやり方がわからない。今ので魔法が使えたら、誰も苦労しないだろう。


 なお、エマが不満を抱いているのは明らかで、とても渋い顔をしていた。


「わかりやすく教えたつもりなのに……」

「ええー……。じゃあ、せめてもっとゆっくりやってみてよ。今のだと何一つ理解できないから」


 食レポはうまくなっているのに、どうして魔法の教え方はこんなにも下手なんだろうか。


 ノエルさんの言っていた、今まで友達がいなかった、という問題の影響なのかもしれない。


 今まで魔法を教える機会がなくて、どう教えていいのかわからないのだ。


 ……まあ、私も友達と疎遠になって、あまり人のことを言える立場にないけど。


 もう一度エマが教えてくれる気になったみたいなので、今度はしっかりとついていってみようと思う。


「まずは魔力を手にこうする」


 きっと手に魔力を集めると言いたいんだろう。


 シルフくんが魔力を流してくれた時に、ハッキリとそれを感じているから、ここまでは問題ない。


「その次にこうした魔力をこうする」


 どうしよう、早くもわからなくなった。エマが手を前に突き出しているから、魔力を放つ方向を決めるのかな。


「最後は魔力をこうするだけ」


 ……。あっという間に魔法のレクチャーが終わってしまった。


 エマの前にウィンドウォールが展開されるけど、これ、魔力を放つだけでいいんだろうか。


 心配に思いながらも、思い切ってエイッと放ってみると、魔力を集めていた手がポワッと輝く。


「やっほー! ボクのこと、呼んだ?」


 ウィンドウォールが展開されることはなく、なぜかシルフくんを呼び出すことに成功した。


 契約しているとはいえ、妖精を召喚する方が難しいのでは? と、思った次第である。


 納得のいかないエマが眉間にシワを寄せているが、何も知らないシルフくんが首を傾げているので、先に状況を説明しよう。


「ごめんね、シルフくん。実は、今からヤルバリル大森林に向かうところなんだけど、その前に魔法の練習をしておきたいなーって思ったら、間違えて呼び出しちゃったみたいで」

「そうなんだ。じゃあ、せっかくだから、ボクも胡桃たちと一緒に旅をしようかな。だいぶ体の調子も良くなってきたからね」


 そう言ったシルフくんが、まばゆい光を放った次の瞬間、驚くべき姿に変身する。


 なんと、体が大きく成長して、小学四年生くらいの男の子になってしまったのだ。


 愛くるしい姿はそのままに、妖精らしい羽が見えなくなり、うまく人間に化けている。


「すごーい! シルフくんって、人の姿になれるの⁉」

「まあね! 魔力が戻ってきたら、これくらいは朝飯前さ」

「えーっ! 可愛い……! もう弟みたいな感じだね」

「ふふーんっ! もっとボクを褒め称えてくれてもいいよ」


 中身まで子供っぽい……と思いつつも、シルフくんはもともとそんな感じだったので、気にしないでおこう。


 兄弟がいなかった私にとって、こんなに嬉しいことはない。


 可愛いペット枠でありつつ、弟枠にも収まったシルフくんは、今後も可愛がっていこうと思う。


 特に異世界では、子供っぽいエマがしっかり者になり、アルくんがペット枠に収まってくれるのだから。


「わ、わー。す、すごいー」

「グ、グルルー」


 なお、当の本人たちは、シルフくんを神だと崇めている立場なので、ぎこちない。


 可愛らしい子供にしか見えないものの、敬うべき存在であるのは変わらなかった。


 さすがに、この状況を見たシルフくんも苦笑いを浮かべている。


「ボクは胡桃と一心同体みたいなものなんだから、あまり気にしなくてもいいよ。ぎこちない旅になると、みんなで楽しめないからね」


 意外にも大人っぽい一面を持つシルフくんである。


 その言葉を聞いて納得したのか、エマとアルくんもコクコクッと頷いていた。


「じゃあ、ボクが一番に精霊鳥に乗るー!」


 切り替えが早いシルフくんは、きっと純粋にアルくんに乗りたかっただけなんだと思う。


 そんなことを思いつつも、私は彼を引き止めた。


「ちょっと待って! まだ魔法の練習が……」

「大丈夫だよ。ボクが道中に教えてあげるから。その辺の魔物をやっつけられるくらいには回復してるし、このままヤルバリル大森林に向かっても問題ないよ」


 結局、身のこなしが軽いシルフくんを止めることができず、早くもビシッとたたずむアルくんにまたがっていた。


 見た目だけで言えば、アルくんの方が威厳があるのは、気のせいだろうか。


 制止が効かないあたり、やっぱり子供だなーと思い、私は先に魔法を練習することを諦める。


 ヤルバリル大森林までの空の旅を満喫するため、エマに手伝ってもらって、アルくんの背にまたがった。


「ところでさ、シルフくんって、性別は男なの?」

「ボクは風だから、そういう性別という概念を持ち合わせていないよ。あえて言うなら、中性的な存在だね」

「そうなんだ。実はさ、私がお風呂に入ってる時とかどうしてるんだろうって、気になってたんだよね」

「心配しなくても、プライバシーは守るようにしているかな。胡桃が見られたくないと思う時は、魔力を通じてわかるからね」


 何気ない会話をシルフくんと交わしていると、エマがアルくんの背にまたがり、呼吸を整えた。


「アルサス、今日はゆっくり行こうね」

「グルルルル」


 これはシルフくんの接待になるのかなーと思いながらも、なんだかんだで私もアルくんとの旅を楽しむのであった。

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