第21話:デカ小豆のようかん

 エマに漫画を勧めた翌日。午前の営業を開始すると、店内でお客さんに接客するエマの姿が見られた。


「日持ちしないから、早めに食べて」


 袋に入れた商品をちゃんと両手で持ち、エマはお客さんに手渡している。


 昨日、すっかりと漫画にハマったエマは、ごはんとお風呂以外の時間は漫画を読んで過ごしていた。


 その結果、なんとなく形になるほどには接客ができて、店の雰囲気にうまく馴染み始めている。


 敬語ではないものの、金髪のエマは外国人に見えることもあり、逆に言葉遣いを褒められることが多い。


 翻訳の魔道具のおかげで、なまりのない日本語に聞こえるため、とても好印象だった。


「こちら二百円のお返しですね~」


 早くも接客をマスターしたノエルさんが丁寧な対応をしてくれているため、余計に親子に良い印象を抱きやすいこともあるだろう。


 不器用ながらも頑張るエマと、ほんわかとした雰囲気でテキパキ対応するノエルさんは、早くも二人で看板娘の地位を築いていた。


 ポスターに使う写真はエマだけでなく、絶対にノエルさんにも協力してもらおうと心に決めた瞬間である。


 そのためにも、まずは新商品の開発を成功させなければならない。


 店頭のことはノエルさんたちに任せた私は、調理場に行って、デカ小豆と向き合う。


「やっぱり冷凍しておくと、風味が変わっちゃうなー」


 昨日茹でたデカ小豆を冷蔵庫と冷凍庫に分けて保存しておいたのだが、思っている以上に状態が悪い。


 冷凍したものを解凍したものの、味はイマイチ。冷蔵庫に入れておいたものも、同じように味は落ちていた。


「デカ小豆の皮が固い点と、サイズが大きすぎる点はデメリットかな。試作品を作るだけでも大量にできてしまうのは、さすがにもったいないよ」


 デカ小豆のペーストを使えば、いろいろな料理に混ぜ合わせることができそうなものの、販売する商品にはなかなか利用できない。


「できたとしても、これくらいの商品だよね」


 ひそかに甘さを調整して作ったのは、デカ小豆の餡を作った羊羹ようかんである。


 シンプルな和菓子ながらも、デカ小豆の風味を際立たせるという意味では、なかなか良い商品になると思った。


 早速、小さく切り分けたデカ小豆の羊羹ようかんを口にすると、豊かな香りが広がり、鼻の中に抜けていく。


「やっぱりシンプルな和菓子と相性がいいなー。でも、なんか違うんだよね……」


 これまでお父さんと何度も試作を重ねて、新商品を作り出してきた経験はある。


 しかし、ここまで食材と菓子がマッチしないと思うのは、今回が初めてのこと。


 甘さや餡の量を調整するだけではどうにもならないと、なんとなく経験から察してしまった。


 食材は悪くないのに、商品としての一体感がない。顧客に愛される商品を販売しようと思うと、その部分が足らなかった。


「この羊羹ようかんだと、リピート買いは期待できそうにないかな。どら焼きにしたとしても、ベースの餡に問題があるままだと、商品価値が下がっちゃうし」


 うーん……と頭を悩ませていると、店頭に立っていたはずのノエルさんがやってくる。


「少し休憩に来たのだけれど、胡桃ちゃんもお茶を飲む?」

「はい、お願いします」


 お任せしてもいいのかなーと思いながら見ていると、ノエルさんは何食わぬ顔で調理場に立った。


 電気ケトルでお湯を沸かして、急須に茶葉を入れ、コップに緑茶をいれてくれる。


 簡単な作業とはいえ、その手慣れた動きを見る限り、とてもではないが、電気のない異世界からやってきた人とは思えなかった。


「ノエルさんって、ハイスペックですよね。一回言っただけだなのに、あっという間に何でもできるようになる気がします」

「経験の違いじゃないかしら。二百年も生きていると、初めて体験するものが減っていくから、そういうのは記憶に残りやすいのよ」

「そうなんですね。エマも似たようなところがあるので、エルフってそういう種族なのかと思いました」

「うーん、あながち間違ってもいないかもしれないわね。だって、人族の体は百年も生きられたら十分でしょう? でも、エルフはその三倍の三百年ほど生きるようにできているから、多少構造が違うんだと思うわ」

「確かに……。仮に私たち人間が二百年も生きていたとしたら、病気だらけで体がボロボロになると思います」

「エルフは病気にもなりにくいし、老いを回復させるほどの生命力があるの。若い頃の方が覚えないといけないことが多すぎて、記憶力は悪かった気がするわね」


 年を重ねた分だけ成長するとは、なんとも羨ましい。肌のキメも細かいし、シミやそばかすなんて悩みも、無縁で終わりそうな人生だ。


 私は生まれ変わったらエルフになりたいよ。


 ……まさか二十歳にもなって、本気でこんなことを考えるようになるとはね。


「ところで、これは新商品かしら」

「デカ小豆を使った試作品の羊羹ようかんというものになります。思った以上にパッとしないので、売り物にはならなそうだなーって思っていたところですね」

「一ついただいてもいい?」

「はい、どうぞ」


 ノエルさんに羊羹ようかんをひと切れと菓子楊枝を差し出すと、彼女がそれを口にする。


「うん、とてもおいしいとは思うけれど、こっちの世界の料理と合っていないようにも感じるわね」

「そうなんです。食材同士が手を取り合い、商品としての一体感を出したいのに、それができなさそうなんですよね」

「難しいわね。異界の食材同士の掛け合わせとなると、今までと違う苦労があると思うし、常識に囚われない方法を考えた方がいいかもしれないわ」


 ノエルさんが言いたいことはわかる。微調整をするのではなく、何かを大きく変えないとダメな気がする。


 でも、あまりいろいろなものを足してしまうと、悪い意味で複雑な味になりやすい。


 菓子づくりにはピュアな甘さが求められるわけで、雑味を省いた方がうまくいく傾向にある。そのため、砂糖も白砂糖やグラニュー糖を使うことが多く……。


 そう思った瞬間、これが菓子の世界に身を置く人間の常識なのでは? と、直感的に気づいてしまった。


 デカ小豆の風味を活かすために必要なものは、砂糖の純粋な甘さではないのかもしれない。


 だって、日本の小豆とは違い、デカ小豆には糖質が多く含まれているのだから。


 その糖質を活かす場合、最も適した砂糖の種類が変わる可能性がある。


「ノエルさん、ありがとうございます。いつもと違う方法で試してみたいと思います」

「お手伝いできることがあったら、いつでも言ってね」

「じゃあ、エマにデカ小豆の買い出しを行ってくるように伝えてもらってもいいですか?」

「わかったわ。じゃあ、この羊羹ようかんで釣ってくるわね」


 なんだかんだで新しい和菓子をエマに食べさてあげせたかったんだろうなーと、ノエルさんの親心を見た気がした。

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