第20話:エマの食レポ
昼ごはんを買ってきた後、私は自分の部屋でエマと一緒に食事をしていた。
エマが気にしていたカレーパンを半分個してあげたら、それをおいしそうに頬張っている。
「様々な香辛料を使った刺激的な味。野菜と肉の旨味が濃厚で、香辛料だけに味を任せていないところに、店のこだわりを感じる。タマネギの甘味でまろやかにしていて、とても食べやすい」
徐々に食レポの力が身についてきたと感じるのは、気のせいだろうか。
「エマって、意外に舌が敏感だよね。私は仕事上、そういう隠し味的なものを気にしながら食べるけど、普通は気づかないと思うよ」
「おいしさをしっかり感じないと、もったいない」
そういえば、精霊鳥のアルくんも、じっくりと味わって食べていたっけ。本当に飼い主に似ていたんだなー。
もしかしたら、ムスッとした顔をしているのも、エマの性格に似たのかもしれない。
さすがにそんなことは本人に言えないけど。
半分個したカレーパンを二人で食べ終える頃、何か思うところがあったのか、エマは呆然とした表情で手元を眺めていた。
「この世界は、とても不思議なところ」
「急にどうしたの?」
「香辛料をたっぷり使ったカレーパンと、砂糖をふんだんに使ったどら焼きは、間違いなく高価なもの。それなのに、この三足セットの靴下と同じような値段だなんて、信じられない」
真剣な表情で訴えかけてくれるエマには申し訳ないが、私は悪いと思っているよ。
靴下は節約して、三足三百円の激安品で済ませたことを。
「エマの気持ちはわからなくもないけど、価値観は時代や地域によっても変わるからね。今は安価な値段に抑えられて、みんなで気軽に食べられる時代が来てるだけだよ」
「とても良いことだと思う」
「そうだね。おいしいごはんを気軽に食べられるなんて、とても幸せな国だと思うよ」
一日三食が当たり前のようになっているけど、おいしい料理を好きなだけ食べられるなんて、本来であれば、最高に贅沢な行為なんだろう。
そういった意味では、日本の良いところを、ノエルさんとエマに教わっているような気がした。
まさかカレーパンでこんな話になるとは思わなかったけどね。
「カレーパンを分けてもらったから、これを胡桃と半分個する」
「ありがとう。コロッケパンを選ぶなんて、なかなか良い選択だと思うよ」
残りの惣菜パンをじっくりと味わって食べるエマを見ていると、本当に食べることが好きみたいで、とてもおいしそうだった。
今のエマは、幸せ、という言葉がピッタリである。
そんなエマの食後には、うちの店の人気メニューの一つ、みたらし団子を授けよう。
「んー! 弾力のあるモチモチ感と甘めのタレが絡み合う。団子を噛むほど甘みが増し、味わい深い」
やっぱりエマの食レポの才能が開花してきたみたいだ。今度、商品のキャッチコピーを考えてもらおうかな。
でも、それより先にやってもらいたいことがある。
「昼からノエルさんと一緒に、エマも店内に顔を出してね」
美人の売り子を増やして、売り上げアップに貢献してほしい。
二人の私服購入で財布に大打撃を受けた私は、必死だった。
「本当に店に出てもいいの? 何も知らないよ?」
「ノエルさんの真似をして、ゆっくりと仕事を覚えてくれればいいよ。私は基本的に調理場にいるから、困った時は呼んでくれたらいいし」
まずは店内だけでも自由に過ごせるようになって、日本の生活に慣れさせる、という目的もある。
人付き合いが苦手なら、話すことが決められている簡単な接客から始めるべきだと思った。
エマも自分を変えたいと思っているのか、コクコクッと頷いている。
「わかった。胡桃は餡づくりするの?」
「うん。午後から販売する商品も作るし、デカ小豆の試作餡も作るかな。ついでに夜ごはんを四人分も作らなきゃいけないから、店頭に立つ時間は減りそうだね」
家事の負担が増えるのは、あまり嬉しくはない。
洗濯や掃除に関しては、少しずつノエルさんに覚えてもらって、一緒にこなしていこうと思っている。
「胡桃は偉いね。まだ二十歳なのに」
「日本だと、それはもう大人だからね?」
エマにも簡単な仕事くらいは、割り振ろうと思っているが。
「じゃあ、私は先に仕事をしてくるね」
「わかった。ついてく」
こういうところは本当に子供っぽい。たぶん、今まで一人になる機会が少なくて、純粋に寂しいんだろう。
新しい世界に来て、違う環境に戸惑っている影響もあるかもしれない。
でも、翻訳の魔道具がある限り、日本だと一人の時間も楽しみやすいはずだ。
ノエルさんもエマの一人立ちを望んでいる節があるみたいだし、ここは日本の素晴らしい文化に手助けしていただこう。
「ついてきてもいいんだけど、午後の営業が始まる前に、エマにやってもらいたいことがあるんだよね」
そう言った私は、本棚から一冊の漫画を取り出し、彼女に手渡した。
現代の菓子店を舞台にした、ほのぼの系の日常漫画である。
「あの時計の左側の数字が三になるまで、これを読んでいてもらいたいの」
「仕事に関係すること?」
「まあ、そんなところかな。続きがここにズラッと並んでいるから、時間まで読んでみて。面白くないと思ったら、調理場に来てくれていいから」
「……うん」
少し寂しそうな顔を浮かべつつも、エマは受け入れてくれた。
話の内容的に大丈夫だと思うけど、寂しく過ごしていないか、ノエルさんに様子を見に来てもらうようにお願いすることにした。
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