第22話:企画会議

 異世界へ買い出しに行ったエマから、新鮮なデカ小豆を受け取った私は、いくつもの試作餡を作り続けた。


 砂糖だけではなく、蜂蜜や水あめなども組み合わせた結果、餡の候補を五つまで絞ることに成功する。


 しかし、試作餡を食べすぎて頭が混乱してきたこともあり、どの餡が最適なのかわからない。


 そのため、仕事終わりのみんなを台所に集めて、新商品の企画会議を行なうことにした。


 テーブルの上には、その五つの餡を用意している。


「デカ小豆で作ってみた餡なんだけど、試食してもらってもいいかな」


 稼がなければならないことを理解しているお父さんと、できる限り力になろうとしてくれるノエルさんの目つきが鋭くなる中、純粋に食べたいだけのエマが目をキラキラと輝かせる。


「思った以上にデカ小豆の風味が強かったから、砂糖の種類を変えてみてもいいと思ったんだよね。右から、白砂糖・甜菜糖・蜂蜜・黒糖・三温糖を使ってるよ」


 砂糖を変えたところで、餡の見た目はあまり変わらない。


 デカ小豆に含まれているであろうアントシアニンによって、日本産の小豆と同じように黒っぽい色合いをしていた。


 それでも、砂糖や蜂蜜の種類によって、風味と香りは大きく変化する。


 試作した時間が短かったとはいえ、できる限りデカ小豆の餡のおいしさを際立たせる配合にしたつもりだ。


 よって、三人が食べ比べる姿を、私は緊張しながら見守っている。


「難しいところだな。こうして食べ比べてみると、デカ小豆の風味が強すぎて、白砂糖は難しいかもしれん」

「そうかしら。デカ小豆の風味だけで言えば、白砂糖が適しているように思うわ」


 ここで早くも、企画会議あるある『数秒で意見が分かれる』が発動した。


 菓子店の経験が長いお父さんの意見を尊重したいものの、人生経験が豊富なノエルさんの意見も聞き逃すことはできない。


 デカ小豆を食べた回数だけで言えば、二百四十年も生きているノエルさんが圧倒的に多いはずだ。その味を熟知していると言っても、過言ではない。


 一方、同じくデカ小豆を食べて育ったエマは、真剣な表情で餡をスプーンですくい、口に運ぶ。


 香り・舌触り・味……と、じっくり味わって審査していた。


「……」


 何も言わないあたり、ベテランみたいな風格を放っている。


 どうしてエマの意見を聞くのが、一番緊張するんだろうか。いつまでも餡を口にしていないで、早く何か意見を言ってほしい。


 エマが黙々と食べ比べを進める中、お父さんとノエルさんの議論は白熱していた。


「餡の後味も気になるところだな」

「そうなのよね。求める香りや風味によって、適している砂糖が変わる気もするわ」

「砂糖の量にもよるかもしれないが、デカ小豆を使った商品は、総合的なバランスが難しくなるはずだから……」


 お父さんが難しい話を語り始めた時、エマがスプーンをコトッと皿の上に置いた。


「うーん、方向性次第」


 まるで、お父さんとノエルさんの話し合いを聞いていたかのように、たった一言でまとめてしまった。


 思わず、食い気味で聞いてみる。


「甘さ控えめの大人のどら焼きを作ろうと思っているんだけど」

「じゃあ、これ」


 エマが迷うことなく選んだのは、甜菜糖を使用した餡だ。


「理由を聞いてもいい?」

「胡桃が餡と砂糖のバランスを上手に調整した影響でわかりにくいけど、デカ小豆と黒糖を合わせたものは、互いに主張が激しくて喧嘩してる。だから、これはない。逆に白砂糖はデカ小豆の背中を押しすぎて、生地に合わなそう」

「確かに、それは言えてるかも。私も餡だけで食べる分には、白砂糖が一番おいしいと思ったんだよね」


 最初にノエルさんが白砂糖を押したのも、開発する商品の話をしていたわけではなく、この中から一番良い餡を選んだ結果なんだろう。


 お父さんも、商品として使うことを総合的に考えた結果、白砂糖は難しいと判断したんだと思う。


 エマの意見は、意外に的を射ているかもしれない。


「次に三温糖と蜂蜜は、デカ小豆のコクをまろやかにする傾向にあるけど、完全に押し負けてる。このまま砂糖の量を調整しても、ピッタリと合うバランスはない。でも、甜菜糖は違う。甜菜糖の量をもう少し減らして甘みを整えた後、生地に白砂糖で甘みを加えたら、良いバランスで落ち着くはず」


 真剣な表情で訴えかけてくるエマを見て、この場にいる誰もがこう思っただろう。


 ただの食いしん坊キャラじゃなかったのか、と。すでに商品の味を計算しながら食べていたのか、と。


「誰か、エマの意見に反論できる人いる?」


 ブンブンッと首を横に振るお父さんとノエルさんを見た瞬間、私は心の中で、エマを商品開発部部長に任命した。


 だって、普通はそこまで詳しいことを判断できないから。


 何度も試行錯誤を重ねて、完成したものを食べ比べて、ああでもないこうでもないと言いながら、少しずつ答えを見つけていくのだ。


 それなのに、エマは――、


「絶対これ」


 キリッと表情を引き締めて、甜菜糖入りの餡を押してくる。


 私が思うには、エマは良い商品を開発して儲けようなどと考えるわけがない。


 エマは、もっと食欲に素直な女の子なのだ!


「この餡を使ったどら焼きが食べたい」


 自分が一番食べたい大人のどら焼きを提示しているのだと、エマはついつい口にしてしまうのであった。

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