第17話:デカ小豆を茹でてみた

 ノエルさんという頼もしい従業員が働いてくれていることもあり、私は調理場で新商品の開発をすることにした。


 それは――、


「これは本当に食べられるんだろうか」


 異世界産のデカ小豆で作る餡である。


 収納魔法からエマに取り出してもらい、実際に自分の手で触ってみると、デカ小豆の表面は鋼鉄のように固い。


 ノエルさん曰く。お湯で煮詰めると皮が柔らかくなるそうなので、業務用の鍋にドシンッと入れて、じっくりと煮込むことにした。


 こういう場合は弱火から中火が基本であり、火元を離れることはできない。鍋に蓋をして、気長に待っている。


 その間の時間がもったいないため、エマに優雅な時間を提供しつつ、甘味の勉強をしてもらっていた。


「緑のアミアミの衝撃的な苦みと甘さの絶妙なハーモニー……!」

「これが抹茶モンブランね」


 魔法使いで消費エネルギーが多いエマは、どうにも普通の食事だけでは物足らないみたいなので、甘味でバランスを調整している。


 そのついでに、と思い、どんどんと新しい商品を食べてもらい、味と名前を覚えさせていた。


 ちなみに、うちは和菓子専門店ではない。


 抹茶モンブランの中に餡を入れるくらいには、それに自信を持っているだけであって、洋菓子のロールケーキも人気商品の一つである。


「抹茶モンブランと餡に緑茶が合う」

「すっかり日本人みたいな感性になっちゃったねー」


 今は和テイストの商品が売れ筋なので、エマにはそういう商品を食べてもらっているが。


 そんなこんなでエマに抹茶モンブランをご馳走しながら、デカ小豆を煮詰めること、二十分。


 表面の皮が湯でふやけて、剝がれようとユラユラと揺れるようになっていた。


「……これ、どうやって取り出そうかな」


 普通の小豆と違って、サイズが大きく、とにかく水を吸って重い。一人で煮汁を捨てて、ザルにデカ小豆を取り出すことができなかった。


 どうしよう……と、デカ小豆の扱いに困っていると、何食わぬ顔でエマが近づいてくる。


「皮だけなら、すぐに取れるよ?」


 そう言ったエマは、菜箸でブスッと皮を刺して、ペローンッと綺麗に皮だけ剥がしてくれた。


 すると、少し白みを得た赤紫色の小豆が顔を見せている。


 やはり、異世界のものは異世界人に聞いた方が早いかもしれない。


 この世界だとエマは子供っぽくなるけど、意外に頼りになる存在だった。


「デカ小豆ってさ、臭みとかあるの?」

「うーん、感じたことはない。向こうの世界だと、これをもっと茹でたものをパンに塗って食べてた」


 なるほど。ペースト状にしたデカ小豆をジャムの代わりに塗って食べていたのか。


 それなら、日本の小豆よりも糖質が多いのかもしれない。しっかり茹でることで臭みが消えて、食べやすい味になるんだろう。


 エマの話を参考にして、デカ小豆をじっくりと煮込んでいく。


 ちょっとずつアクが出てくるところは、日本の小豆と変わらない。


 でも、皮がかなり厚い分、見た目の割に中身は柔らかく、火が通るのも早かった。


 調理場のシンクにザルを用意して、エマに手伝ってもらいながら、デカ小豆をザルに取り出す。


 十分に水気を切った後、せっかくなので、茹で上がったばかりのデカ小豆を口にしてみた。


「うわっ。思ったよりも小豆の味が濃厚だ」


 ほんのりとした甘味があるものの、大人の味と表現できるほど甘くはない。しかし、苦みや渋みも感じることはなく、小豆の香りとコクが強く残り、舌触りがとても滑らかだった。


 これなら作る商品とコンセプト次第では、おいしいものが作れるかもしれない。


 小豆の風味が強いから、生クリームやフルーツと組み合わせれば、餡が勝ってしまうだろう。


 どちらかといえば、デカ小豆のこし餡と生地だけで勝負できるシンプルな和菓子と相性がいい。


 生地に厚みがないと餡に押し負けるから、こし餡で作る大人のどら焼きを開発した方が良さそうだ。


 なんといっても、今なら新商品を売り込むために必要な要素がすべて揃っている。


 異世界旅行に行くためにモチベーションの高い私と、生活費を稼ぎたいお父さんとノエルさん。


 そして、意外にも純粋においしいどら焼きが食べたいエマの存在が大きい。


 なぜなら――、


「デカ小豆より、こっちの小豆の方があまあま♪」


 とてもおいしそうに抹茶モンブランを口にするエマは、可愛いだけでなく、見栄えが良い。菓子店のモデルに起用すれば、注目を集めるのは間違いなかった。


 和を感じられるどら焼きを美人外国人が食べるという設定でポスターを制作したら、そのギャップでお客さんのハートを射止めてくれることだろう。


 芸能界からモデルのスカウトが来てもおかしくない存在が、ここにはいるのだ。


 それも――、


「胡桃ちゃ~ん。今日はどら焼きの売れ行きがいいから、午後は多めに作ってほしいそうよ」


 二人も同時に、である。


 一番ハードルの高い宣伝に不安がなくなったいま、新商品のどら焼きを作ることだけに専念すれば、おのずと繁盛するの道が開かれるはずだ。


 そうしたら、私も異世界旅行にもっといっぱい行けるかもしれない!


 少し早いけど、この店の看板娘の座は二人に明け渡そう。


 ……もうすでにノエルさんに取られているような気もするけど。

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