第16話:ハイスペックなノエルさん

 エルフの二人と同居することになった翌日。


 私は菓子づくりの仕込みで早起きして、いつもと同じ慌ただしい朝を迎えていた。


 和菓子にとって命とも言えるあま~い餡を作り、それに合う様々な商品を作っていく。


 酸味の利いたイチゴ大福には、少し甘めの餡を。モチッとした触感のお饅頭には、甘さ控えめの餡を。ふわふわの生地に焼き目を入れたどら焼きには、たっぷりの粒餡を。


 それぞれの商品に適した餡を入れて、おいしさを包み込むように優しく作っていく。


「うん、今日も上出来かな。後は形を崩れないようにしてっと……」


 こうして朝から和菓子を一つずつ手作りするため、一日で用意できる商品の数には限度がある。


 大手企業が工場で大量生産して、コンビニやスーパーで安く販売するような時代になったが、うちは一つずつ丁寧に作るように心がけていた。


 どれだけ文明が発達したとしても、味や食感は機械に負けない。手作りでしか作れない味があると思っている。


 手軽さやコスト面では負けてしまうけど……と弱音をこぼしつつも、どら焼きを作り続けていると、お父さんとノエルさんが起きてきて、それらを包装してくれる。


 手慣れた手付きでパパッと作業するお父さんと、教わりながらも丁寧に作業してくれるノエルさんは、相変わらず仲睦まじい雰囲気だった。


「これはもう少し商品を内側に寄せた方がやりやすいぞ」

「そうなのね。次はそう意識してみるわ」


 私は朝から何を見せられているんだ。意外に二人の距離が近いなー、もう。


 お父さんたちのことを気にしないようにして、そのまま商品を作り続けていると、午前の開店時間を迎える。


 平日の朝ではあるものの、うちにとっては休み明けなので、顔馴染みのお客さんが早い時間に来てくれることが多かった。


 本来であれば、そういう忙しい時間帯だけでも私も店内に立つのだが、今日はノエルさんにお願いしている。


 人生経験が豊富なことが影響しているのか、何でも卒なくこなすノエルさんは、少し教えただけでレジ打ちのやり方まで覚えていた。


 とても異世界からやってきたとは思えない。ハイスペックすぎて、早くも店に馴染んでいる。


 これには、よく買いに来てくれる近所のお婆ちゃんも驚き、ノエルさんに声をかけていた。


「こんな美人な外人さんと再婚するなんて、世の中はようわからんもんだねえ」

「ちょっとご縁があっただけなんですよ~」

「おまけに日本語も上手ときたもんだ。あんた、日本に来て何年目だい?」

「今日で二日目です~」

「冗談も言えるのかい。こりゃおったまげたね」


 アハハハ、と和やかに会話するものの、ノエルさんは素直に答えただけである。


 危ないような危なくないような絶妙な会話で、見事に乗り切っていた。


 これには、お父さんの性格も影響しているだろう。


「今日の会計は、どら焼き二つで四百万円だ」

「はいはい。四十円ね」

「急遽値上がりして、四千万円になったかもしれない」


 普段なら、馬鹿を言っていないでちゃんと仕事しろ、と私が突っ込みを入れて、お婆ちゃんに謝るところまでがセットなのだが。


 今日はノエルさんが優しくペチッと頭を叩いて、場をなだめてくれていた。


 その光景を見て、私はすべてを察する。


 こんなことを異世界でもやっていたんだな、と。


 ノエルさんがお父さんの扱いに慣れているみたいだから、このまま店を任せてもいいかもしれない。


 私は裏方作業に専念して、ゆっくりと仕事をさせてもらおう。


「しまった。今日は売れ行きが良くて、もう袋がなくなったぞ」

「足りなくなると思いまして、こちらに用意しておきましたよ」

「そうか。ノエルは頼りになるなー、ハッハッハ」


 意外に良いコンビなのかもしれないなーと思いつつ、私は調理場の方へと向かっていく。


 なんといっても――、


「まいどあり~!!」


 と、お父さんの大きな声が響き渡るほど、うちの店は元気が自慢なのだから。


 お淑やかなノエルさんがいてくれた方が、絶対にバランスがいい。

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