第9話:ピクニック
ウエットティッシュで手を拭いて、水筒に入れてきたお茶を紙コップに注いだ後、いよいよお弁当箱を開封した。
手前には、カリカリに焼いたベーコンと新鮮なレタスとトマトを使ったサンドウィッチ、BLTサンドが入っている。
スライスしたゆで卵も挟んであるため、味わい深くボリューム感のある一品だ。
奥に入れておいたのは、トロッとした甘めのとんかつソースと、パンの内側に塗っておいたカラシがピリッと効いたカツサンドである。
カラシが入っていると、子供には食べにくいかもしれないけど、エマの年齢だったら大丈夫だろう。
自分で作ったお弁当だし、エマも作っているところを見ていたから、開けた時のワクワク感がないのは、ちょっぴり残念だけど……。
「とってもおいしそう。どっちから食べた方がいいとかある?」
ギラギラと闘志を燃やすような瞳をして、真剣な表情で聞いてくるエマにとっては、これでも十分だったのかもしれない。
作った身としては、そういう人と一緒に食べられると、報われたような気持ちになるよ。
「食べたい方から食べたらいいんじゃないかな。どっちも食べたことないんでしょ?」
「うん。基本的に外で食べる時は、仕留めた獲物の丸焼きか保存食の二択だから」
「それは……すぐに飽きそうなメニューだね。でも、エマの収納魔法を使えば、料理を保存して安全に持ち運べるんじゃないの?」
「できないことはないけど、他の部隊の人に目をつけられる。揉め事を避けるためには、変わったことはしない方がいい」
こっちの世界の事情を教えてくれるエマは、どっちのサンドウィッチを食べようか悩み続け、手が宙をさまよい続けている。
そのアタフタとする姿が、さっきまで大人っぽく対応してくれていたエマとギャップがあって、少し面白かった。
「どっちも食べるんだし、深く考えなくてもいいのに。私は先にサッパリしたものを口にしたいから、BLTサンドかなー」
BLTサンドを手で取ると、エマに羨ましそうな瞳で見つめられる。
そして、一足先にそれを口にした瞬間、エマがゴクリッと喉を鳴らした。
「お、おいしい……?」
「……うん、まあ」
基本的に自分の嫌いなものは作らないし、異世界の景色を見ながら食べたいものを持ち運んでいる。
自然に囲まれて食べるBLTサンドが、おいしくないわけがなかった。
「彩りが綺麗だから、そっちはデザートにしよう」
エマが独自の基準でBLTサンドを〆に選ぶと、落とさないように慎重にカツサンドをつかむ。
ふぅー……と呼吸を整えた後、小さな口を大きく開けて、ガブリッとかぶりついた。
初めて食べるものに恐怖心はないみたいで、頬が膨らむくらいには、口がいっぱいになっている。
早くも口の周りにとんかつソースをつけるあたり、エマがワンパクな子供にしか見えなくなっていた。
「おいしい?」
口がいっぱいで話せないみたいだ。エマは何度もコクコクと頷いてくれる。
その活き活きとした顔を見るだけで、とても気に入ってくれたんだと察した。
口の中が空になると、すぐにカツサンドにかぶりつくのだから、間違いない。エマはカツサンドに釘づけだった。
せっかく良い景色なのに、カツサンドに夢中になるのはもったいないなーと思う反面、それぞれの楽しみ方で食事すればいいとも思う。
よって、私は綺麗な景色を眺めながら、ゆっくりとサンドウィッチを食べることにした。
都会では楽しむことができない綺麗なお花畑と湖のある景色に、優雅なひと時を過ごしていると実感する。
本格的に実家の仕事を手伝い始めてから、こんなにもゆっくりとごはんを食べるのは、これが初めてかもしれない。
仲の良い友達とは休日が合わなくて疎遠になったし、独りで外食や旅行に行く勇気も持てなくて、なんだかんだで家で過ごしてばかりだった。
漫画やアニメを見て、買い物もネットで済ませて、仕事を繰り返すだけの日々。
自分の人生に物足りなさを感じたことはあったけど、他に心の渇きを癒す方法がわからなくて、今までなんとなく生きてきた。
それなのに、今はエルフの義妹と異世界でピクニックをして、満足感で心が満ちている。人生って何があるかわからないもんだなー。
食欲が止まらないエマがカツサンドを食べ終えると、キラキラと目を輝かせて、BLTサンドをつかむ。
満足げな表情を浮かべたまま、小さな口を大きく開けたエマは、それにかぶりついた。
それだけおいしそうに食べてくれると作った甲斐があったなーと、エマの横顔を眺めていると、不意に視界の中に妙なものが映る。
「ねえ、あそこに飛んでる小さなものってなに?」
「ん? ……あれは、妖精?」
エマが首を傾げているくらいなので、異世界でも珍しいものなんだろう。
そういえば、エマがファンダール王国は火の妖精を祀っていると言っていたなー……と考えていると、小人に羽が生えたような妖精がフラフラとこっちに向かって飛んできた。
金色に輝く小さな羽を動かしてはいるものの、目がグルグルと回っていて、おぼつかない。緑色の髪を短くした男の子で、とても可愛らしかった。
害はなさそうなので、不時着できるように両手を差し出すと、そこにパタリッと倒れ込む。
「ちゅ、ちゅかれた~……」
疲れ果てた妖精を見て、エマと顔を合わせた私は、呑気なことを考えていた。
異世界って感じがする、と。
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