第10話:妖精さん1

 疲れ果てた妖精さんが目を回していたので、熱中症みたいなものかなーと思い、スポーツドリンクを飲ませてあげた。


 夢中になってゴクゴクと飲み干していたため、あながち間違っていなかったんだろう。


 湖に水を求めてやってきたところ、サンドウィッチの香りに釣られて、こっちに向かってきたんだと思う。


 なぜなら――、


「君は良いお嫁さんになれるね! ボクが保証してあげるよ」


 私の分のカツサンドを献上してみたところ、あっという間にペロリッと食べてしまったのだ。


 妖精さんと同じくらい大きいカツサンドを食べたのに、彼の見た目にあまり変化は見られない。


 いったいカツサンドはどこに消えてしまったのか……と、妖精さんの消化能力のすごさに驚いている。


「ねえねえ、もう一回さっきの飲み物ちょうだい」

「はい、どうぞ」


 紙コップにスポーツドリンクを入れて、妖精さんに渡してあげる。


 彼はスポーツドリンクがとても気に入ったみたいで、ゴクゴクッと飲み干し、ぷはぁ~っと満足そうにしていた。


 一方、自分の分まで食べられないようにと、BLTサンドを急いで食べたエマはいま、リンゴジュースに癒されている。


 妖精さんとエマがまだまだ子供なだけかもしれないが、異世界の生き物は欲求に素直すぎる気がした。


 こんなことで二人と仲良くなれるのであれば、気楽でいいんだけどね。


 ストローを使う経験が初めてであろうエマがブクブクして遊び始める頃、私はグルグルと目を回していた妖精さんが気掛かりで、話を聞いてみることにした。


「それで、妖精さんはこんなところで何をしていたの?」

「うーん、食事を分けてもらったし、詳しい話をしてあげたいところなんだけど……。これって言っちゃってもいいのかなー」


 何やら難しい顔で悩み始めたので、エマの顔色をうかがってみる。


「えっと、何から話せばいいのかわからないけど。まず、この世界の創造主が女神アフロディーテ様で、その使い魔が妖精だと言われている」

「創造主の使い魔? じゃあ、この子はとても偉い妖精さんなの?」

「うん。エルフという種族にとっては、神様と同等の扱い。実際に姿を見るのは、私も初めて」


 マジか……。気軽にカツサンドとスポーツドリンクで打ち解けてもいい存在ではなかったなんて。


 ファンダール王国が火の妖精を祀っていると教えてもらったんだから、もっと早く気づくべきだった。


 そういえば、さっきまでウロウロしていた精霊鳥のアルくんも、妖精さんが来てから妙にビシッとしている。


 きっと本能で敬意を表する相手だとわかっているんだろう。


「言っちゃおうかなー。どうしようかなー」


 なお、本人はあまり気にした様子もなく、自分の事情を言うか言うまいか悩んでいるが。


 しかし、エマも徐々に状況を理解し始めたみたいで、ブクブクすることをやめて、気づけば正座している。


 さっき自分で『神様と同等の扱い』と言ったことで、失礼な態度を取っているんだと気づいたに違いない。


「エルフ族に伝わる話だと、妖精は世界に魔力を生み出し、平和をもたらす存在だと言われている」

「じゃあ、この子がいなくなったら、大変なことが起こりそうだね」

「実際にはわからない。でも、何が起きても不思議じゃないと思う」


 この世界が魔力に満ちた状態が普通である、と仮定すると、本当に何が起きるのかわからなかった。


 魔法や魔道具が使えなくなるだけでも、生活に大きな支障をきたす恐れがある。


 日本で例えるならば、世界中で電気が使えなくなるようなレベルに近いのかもしれない。


 そんなすごい存在だと知らなかった私は、妖精さんに事情を聞いたことを少し後悔していた。


 私は異世界を救う旅がしたいのではなく、のんびりと異世界旅行がしたい。


 もっといろいろな光景を見たり、異世界でしかできないことを体感したりして、ファンタジーを感じたいのだ。


 菓子店の一人娘……改め、勇者の一人娘だからって、大きなトラブルに巻き込まれたくはない。


 だから、妖精さんお願い! この世界の根幹を揺るがすような、とんでもない事実とか暴露しないで!


 勇者の一人娘が再び異世界を救うために立ち上がる……なんて、そんなラノベの第二章みたいなものは求めていないから!


 必死に願う私の気持ちが届いたのか、妖精さんは可愛らしい笑顔を向けて、ウィンクしてきた。


「よーしっ、決~めた。時間もないみたいだし、今回は特別だよ?」

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