第8話:どら焼き
「鳥に乗って空を飛べるなんて、夢みたいだわ」
アルサスくんの背にまたがり、それを使役するエマに抱きつく私は、どこまでも広がる大森林と綺麗な川を見下ろしていた。
異世界で買い物して、快適な空の旅を堪能した後、景色の良い場所に行ってお弁当を食べようとしているだなんて。
はぁ~。自由気ままに過ごす異世界旅行なんて、控えめに言って最高の贅沢だよ……。
あまりの幸せな旅にため息がこぼれると、疲れたと思われたのか、エマがアルサスくんの背中をトントンッと軽く叩いた。
「向こうの湖で休憩しよう」
「グルルルル」
アルサスくんが低い声で鳴いた瞬間、カクンッと角度が変わり、フワッとした感覚に身を包まれる。
「キャーッ! 急降下ヤバすぎ―――ッ!」
絶叫アトラクションさながらの滑空を体感して、子供みたいな無邪気な笑みがこぼれた私は、思わず目を閉じてしまう。
そして、あっという間に地上にたどり着くと、バサバサと翼を羽ばたかせて、フワッと着地してくれた。
急な展開に戸惑いつつも、ゆっくりと目を開けると、そこには息を呑むような光景が広がっている。
透明感のある澄んだ水が輝く湖の近くに、いろいろな種類の花々が咲き誇っていて、とても綺麗な場所。
まるで、異世界の春をギュッと詰め込んだようなところだった。
こんな綺麗な場所に日本で訪れようとしたら、観光地になっているはずなので、大勢の人がいるだろう。
でも、ここには私たちしかいない。それが何よりも贅沢な気分にさせてくれていた。
いつまでもアルサスくんに乗って眺めているわけにはいかないので、私はエマに手伝ってもらいながら、ゆっくりと下りた。
初めての飛行でちょっと足がおぼつかないけど、最高の空の旅を提供してくれたアルサスくんに対して、満面の笑みを向ける。
「よかったよ、アルくん! とっても快適だったし、楽しい空の旅だったもん!」
勝手に心の距離を近づけた私は、アルサスくんをアルくんと呼んでしまうくらいには、仲良くなれた気がした。
「グルルルル……」
恥ずかしいからやめろよ、と言わんばかりにソワソワしちゃうところが、また一段と愛らしい。ムスッとした顔がツンデレっぽく見えて、どんどんと可愛く思えてくる。
「お弁当、ここで食べる?」
エマはエマで、昼ごはんが早く食べたくてソワソワしているけど。
「本当はもっと遠くで食べる予定だったの?」
「うん。そっちには、大きなりんごの木の実がなってて、ジュースが飲める」
リンゴの木の実……? ヤシの木のリンゴ版みたいなもので、それがジュースになっているのかな。
それはそれで気になるけど、エマが昼ごはんを食べたそうにしてるし、私もこの景色をもっと眺めていたい。
「紙パックのリンゴジュースなら持ってきたけど」
「よし、昼ごはんにしよう」
気持ちの切り替えが早いエマは、すぐに預けていたリュックを取り出してくれた。
もしかしたら、転移魔法を使った影響で、お腹が空いていたのかもしれない。
無理を言って付き合ってもらっているから、早くごはんが食べられる準備をしてあげよう。
でも、さすがにアルくんの分まで用意はしていなかった。
「私とエマの分はお弁当を持ってきたけど、アルくんの食事は大丈夫なの?」
「精霊鳥は勝手に狩りをするから、問題ない。でも、何もあげないと拗ねるから、八角みかんをあげる」
そう言ったエマは、収納魔法に入れていた八角ミカンを取り出し、アルくんに食べさせてあげていた。
「王都で買った果物は、アルくんのおやつだったんだね」
「アルサスは果物や甘いものが好きだから」
「精霊鳥は食べちゃはいけないものとかあるの?」
「毒がない限りは、何を食べても大丈夫。獲物がいないときは、草や花を食べるくらいには雑食」
本当に何でも食べるんだなーと見ていると、アルくんは小さな八角ミカンをじっくり味わって食べていた。
大きな体に似つかないけど、意外に繊細な舌を持ち合わせているのかもしれない。
なんといっても、彼の心は繊細なのだから。
「じゃあ、アルくんに和菓子……えっと、甘味をあげてもいい? デザート用に持ってきてたんだよね」
「えっ……。甘味を……?」
お願いだから、そんな絶望的な表情で見つめてこないでよ、エマ。
「日本に帰ったら、いつでも食べられるものだよ。でも、アルくんは違うでしょ? 私たちがこっちの世界に持ち運ばないと食べられないから。それなら、乗せてくれたお礼に食べさせてあげたいなーって思ったんだけど」
甘味と聞いただけでは理解していないアルくんが首を傾げる中、眉間にシワを寄せるエマがゆっくりと首を縦に振った。
「い、いいよ……。べ、別に。いつでも食べられるし……」
まだ食べたことないはずなのに、どれだけ楽しみにしていたんだろうか。いや、食べたことがないからこそ、どんな甘味なのかと、楽しみにしていた可能性もある。
今日の夜には食べさせてあげるから、潔く身を引いてほしい。
リュックからどら焼きを取り出した私は、アルくんの元に近づいていく。
「アルくん、これは私が作ったどら焼きだよ。甘いものだから、口に合うと嬉しいなー」
鼻でニオイを確認するように顔を近づけたアルくんは、大丈夫なものだと判断したみたいで、どら焼きをクチバシで加える。
そして、ゆっくりと味わうようにモグモグと咀嚼を始めた。
何度も目をパチパチとさせて、舌の上を転がすように器用に口を動かした後、アルくんが取った行動は……!
「グルルルル♪」
どうやら気に入ってくれたみたいで、私に頬擦りをしてくれた。
「おいしかった?」
「グルルルル♪」
「そっかそっか、よかったね。もう一つあげるよ」
リュックからもう一つどら焼きを取り出すと、今度は何の警戒もなくクチバシでくわえて、パクリッと食べ始める。
それを見たエマは、どら焼きをもらおうと思ったわけではないだろうが、口が開きっぱなしになっていた。
「どうかした? アルくん、どら焼きが好きみたいだよ」
「う、うん。それはどっちでもいい。どちらかといえば、精霊鳥が頬ずりしたことに驚いている」
「日本の動物の感覚だと、珍しいとは思わないけど」
「精霊鳥は友好の証として、頬擦りをする。でも、精霊獣が懐くのは、同族視するエルフのみ。人族とは心を通わせない……はず」
エマの言葉とは裏腹に、本人はどら焼き欲しさにめちゃくちゃ頬擦りをしてくる。
友好の証というよりは、完全におねだりだった。
どら焼きはもうなくなっちゃったから、今度来るときは多めに持ってこよう。
「まさか私の精霊鳥が食べ物に釣られるなんて。いったい誰に似てしまったのか」
「間違いなく飼い主に似ただけだね」
頬ずりしてくるアルくんをなだめた後、地面の上にレジャーシートを敷いて、お弁当箱を取り出す。
エマがササッと動いて食べる準備をするあたり、やっぱり飼い主に似たんだなーと察した。
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