第7話:精霊鳥アルサス
王都の門から外に出て、街道を少し歩いただけでも、周囲は大自然に囲まれていた。
見晴らしの良い平原ばかりで、遠くには森や山が見える。そして、ピクニック日和と言わんばかりに晴れ渡る青い空が、どこまでも広がっていた。
自然が豊富でピクニックしやすい世界だなーと思っていると、エマが立ち止まる。
「わざわざ外でごはんを食べるなら、もっと景色が良いところに行く」
「すでにピクニックにピッタリだと思うけど、そのあたりはお任せしようかな。このまま歩いていく感じ?」
「ううん。精霊鳥を召喚して、運んでもらう」
精霊鳥……? と疑問を抱いているのも束の間、平原に向けてエマが手をかざすと、そこから光の粒子が零れ落ちる。
魔法陣が展開され、パアーッと明るくなると、そこには、体長が三メートルはあると思われるほど大きな青い鳥が召喚された。
ふわふわとした鮮やかな青い羽は、太陽の光を反射していて、とても綺麗。黄色いクチバシはガッシリとして、とても立派なものだった。
生まれて初めて動物とは異なる生き物を目の当たりにした私は、呆気に取られてしまう。
きっと街に近い場所で召喚すると、魔物が出たと誤解されるため、わざわざ歩いてから召喚したに違いない。
しかし、エマに頬擦りする精霊鳥を見る限り、人を襲いそうな雰囲気はなかった。
なお、精霊鳥はムスッとした顔をしているので、生まれつきなんだと思う。
「この子が私と契約してる風の精霊鳥。アルサス、挨拶して」
「グルルルル」
アルサスくんが一段とムスッとした表情を作り、私の方にゆっくりと顔を近づけてきたので、恐る恐るクチバシを撫でてみる。
表面はツルツルしているが、見た目以上に硬い。精霊鳥のパワーもあるのか、グイグイと押してみても、ビクともしなかった。
もし地球に氷河期が訪れなかったら、恐竜もこんな風に進化していたのかなー。
岩すら嚙み砕いてしまいそうな立派なクチバシに、思わず私は感嘆の声が漏れ出てしまう。
「……怖い?」
「うーん、ビックリしてる方が大きいかな。こんなにも大きな鳥は見たことがないから」
挨拶を終えたアルサスくんは、再びエマに頬ずりを始めている。
彼女に撫でられるのが好きみたいで、ムスッとしながらも、どこか嬉しそうな印象を受けた。
「この子は男の子? 女の子?」
「男の子。いつも顔がムスッとしてるから、女の子だとモテない」
「それは男の子でも同じじゃない?」
確かに……とエマが納得するようにアルサスくんを見ると、本人はショックを受けたみたいで、驚いている。
どうやら人の言葉がハッキリとわかるらしい。いじけたアルサスくんは、プイッとそっぽを向いてしまった。
いくらエマに使役されているとはいえ、マズイことを言ったかもしれない。
これから力を貸してもらうのであれば、良好な関係を築くべきだというのに。
慌てた私は、急いで彼のフォローを試みる。
「ご、ごめんね。私は素敵な顔立ちだと思うよ。今は困り眉とか好きな人も多いし、クールな男の子にも見えるから。羽もきれいでクチバシも大きくてカッコいいなー」
「……グルルルル♪」
ふう~、セーフ。まさか大きな体格の割に、繊細な心を持った生き物だとは思わなかった。
というか、精霊鳥ってモテるとか気にするんだ……。
「大丈夫、アルサスはブサ可愛いよ」
「グルルルル……」
その言葉は不満みたいだよ、エマ。せっかく機嫌が直ったのに、飼い主が傷つけてどうするの。
ちょっぴり不満を抱きながらも、アルサスくんは身を低くして、背中に乗れるようにしてくれた。
「胡桃、羽をつかんで先に乗って。落ちないように支える」
「羽はしっかりとつかんでも大丈夫なの? 痛がらない?」
「大丈夫。人の力で抜けるようなものではないから」
「グルルルル」
心配するな、と言わんばかりにアルサスくんが鳴いたので、お言葉に甘えて、しっかりと羽をつかむ。
思ったよりもフワフワとした羽毛で、肌触りが良い。アルサスくんの体温も伝わってきて、とても気持ちの良いものだった。
「これが、噂のモフモフか……」
「遊ぶのはやめて、先に乗ってもらってもいい?」
モフモフを堪能していたところ、エマに突っ込まれてしまったので、羽をつかんでよじ登り、アルサスくんの背中に乗せてもらう。
そして、後から乗ってきたエマが、私の前に座った。
「精霊鳥は落ちないように風魔法を使ってくれるけど、もし怖かったら、私にしがみついてもいいよ」
「では、遠慮なく」
「余程のことがない限り、振り落とされないけど」
エマの言う通り、体や足が羽毛に包み込まれていることもあり、振り落とされそうな感じはない。
思っている以上に安定しているものの、不安があるのも事実なので、エマにしっかりと抱きついておく。
「飛んで」
「グルルル」
エマの指示が出た瞬間、アルサスくんはバサッと翼を広げて、一気に上昇する。
アルサスくんの風魔法のおかげか、スピードが出ている割りには、肌に心地いい風を感じる程度で、乗り心地もよかった。
急速に離れていく大地と、どんどんと広がる地上の光景を見て、私は気持ちの高ぶりが抑えられない。
飛行機の窓から見える景色とは、全然違う。視界を遮るものがないだけで、ここまで見え方が変わるものなんだと痛感した。
なにより、大きな鳥に乗って空を飛ぶという、夢のような体験に心が躍る。
「大丈夫そう?」
「うん。全然怖くないと言ったら嘘になるけど、今のところは大丈夫。むしろ、楽しいかも」
「アルサス。大丈夫みたいだから、
「グルルルル」
「……ん? いつも通り?」
エマが不穏なことを言葉を口にしたと気づいた時には、もう遅い。
悪い子にでもなったかのように低い声で唸ったアルサスくんは、さらに加速して、大空をかけていく。
「キャーーーッ! やばっ! 怖いけど、楽しいかもーーー!」
どれだけ加速しても、顔に当たる風は緩やかで、ジェットコースターよりも早く自由自在に飛び回る。
落ちそうな感覚もなく、羽毛のモフモフした感触に癒される空の旅。
それは、広大な異世界の大自然を独り占めして、大きな鳥に遊んでもらっているような感覚だった。
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