第4話:いざ、異世界へ!

 靴を履いて家の裏庭に向かうと、お父さんとノエルさんが見送りに来てくれていた。


 交流を深めるためにも四人でピクニックを……と思っていたけど、今日からノエルさんとエマさんが我が家で生活することもあり、使っていない部屋を掃除しなければならない。


 そのため、日本の文化に興味を持つノエルさんと、再婚したばかりのお父さんの二人に掃除を任せることになった。


 よって、義理の姉妹になったばかりの女二人でピクニックである。


 家のことを二人に任せて遊びに行くのは、申し訳ない気持ちもあるけど、今まで仕事を頑張ってきた分、思いっきり休暇を楽しみたい気持ちの方が大きかった。


 胸をワクワクさせる私とは違い、心配性のお父さんは不安そうな表情を浮かべているが。


「日が暮れる前には、帰ってくるんだぞ」

「子供じゃないんだから、大丈夫だよ。お父さんたちの昼ごはんは、机の上にラップして置いてあるからね」

「ああ、ありがとう。後でいただくよ。向こうは魔王軍との戦いが終わったとはいえ、危険な魔物が生息する世界だ。本当に無理だけはしないようにな」

「うん、わかってるって」


 私も死にたくはないし、危険な目に遭いたくはない。向こうの世界に行ったら、エマさんに指示に従うと決めていた。


 一方、ノエルさんも心配性みたいで、エマさんに言い聞かせるように声をかけている。


「エマ、胡桃ちゃんをよろしくね」

「大丈夫。危険な場所には移動しない」

「いい子ね。お金はちゃんと持った?」

「収納魔法にいっぱい入ってる」

「じゃあ、向こうで必要そうなものは、買い揃えてあげてね」

「わかった」


 異世界の親子も似たような会話をするんだなーと思っていると、いよいよ出発の時を迎える。


 まずは、エマさんが身につけていたネックレスを外して、私に差し出してきた。


「向こうの世界に行く前に、これをつけて」

「これは?」

「翻訳の魔道具。これがないと、向こうの世界の言葉がわからない」


 なるほど。言われてみれば、異世界人の二人と普通に会話できているのはおかしい。


 何も気にしていなかったけど、この魔道具が働いているおかげで、二人と普通に話せていたのか。


 エマさんから受け取ったネックレスを身につけると、転移魔法を使うためか、彼女に手を握られる。


「慣れないうちは空間の移動で酔いやすいから、目を閉じて」

「う、うん。わかった」


 ドキドキしながら待っていると、急に体がふわっと浮いたような感覚に陥った。


 目を閉じていることもあってか、あまり気になるようなものではない。


 そして、すぐにその感覚がなくなり、地面をしっかりと感じられるような状態になると、わいわいがやがやと賑やかな声が耳に入ってきた。


「もう目を開けてもいいよ」


 エマさんの許可が下りたので、ゆっくりと目を開けてみる。


 そこには、小説やアニメで見たことがある光景が広がっていた。


 鎧を着て武器を持った騎士や、猫耳と尻尾をユラユラとさせている獣人だけでなく、現代とは違う服装に身を包む人族がいる。


 建物も鉄筋やコンクリートとは違って木造や土が多いし、大勢の人を乗せた馬車まで走っていた。


 その中でも、もっとも私の興味を引いたのは――。


「ねえ、見てみて! 王城があるんだけど!」


 日本みたいな観光地になっているような城ではない。実際に国王様が住んでいるであろう、一国を支える王城があるのだ。


 まさに異世界と言わんばかりの光景を目の当たりにして、私のテンションは高まり続けていた。


 うちのキッチンでエマさんが騒いでいた気持ちがわかるわ~。見るものすべてが気になっちゃうんだもん。


「あの城に王様が住んでるんだよね?」

「うん。ここは王都で、あれは王城だから」

「大きい街だもんね! ほらっ、馬車まで走ってる!」

「うん、知ってる」

「遠くに見えるのは防壁だよね? めっちゃ大きくない? どうやって建てたんだろう」

「そういう仕事がある」


 異世界にやってきて、立場が逆転したこともあり、エマさんは妙に落ち着いていた。


 きっと本来の彼女はこういう子なんだろう。素っ気ない対応……というより、口数が少ないタイプなんだと思う。


「ここは火の妖精を祀る国、ファンデール王国。魔王軍との戦いで数年ほど中止になってたけど、今は久しぶりに妖精を讃える祭りが開かれてるから、いつもより賑やか」


 エマさんの言う通り、周囲を見回してみても、大勢の人が楽しそうに過ごしていた。


 しかし、その賑やかな光景とは違い、広場には鳥の銅像に花束を添え、祈りを捧げる人も多く見られる。


 死者を弔うためのなのか、平和が続くように祈りを捧げているのかは、わからない。


 でも、きっとあの銅像の鳥が火の妖精であり、この国では守り神として崇められている存在なんだろう。


「火の妖精を祀る国、か。それだけ聞いてもファンタジーな感じがして、神秘的な印象を受けるね」

「妖精は神聖な生き物ではある」


 淡々と教えてくれるエマさんは、意外にしっかり者みたいで、キリッと表情を引き締めていた。


「先にこの世界の服を買って着替えよう」

「……ノエルさんも言ってくれてたけど、本当に買ってもらっても大丈夫?」

「うん。こっちの世界のお金はいっぱい持ってる。あと、その格好はちょっと浮いてるから、ここだと貴族と間違われて、変な事件に巻き込まれるかもしれない」

「そういう問題もあるのか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。その代わり、向こうの世界で過ごす服は、私がお金を出すね」

「ありがとう」


 細やかな取引が成立した後、私はエマさんに案内されて、王都の街並みを進んでいく。


 街の光景や店を眺めるだけでも、文化の違いがわかりそうだった。


 日本だとホームセンターで包丁を買うけど、異世界だと本場の鍛冶屋さんが販売している。


 頑固職人っぽいドワーフが店から顔を出していただけで、良さそうな品を取り扱っている気がするのは、気のせいだろうか。


 せっかくだから、包丁が一本欲しい!


「……先に服を買う。寄り道は後にして」

「あっ、ごめんね。ついつい気になっちゃって」


 自然と立ち止まっていることに気づいた私は、迷子にならないように気をつけようと、心に決めるのだった。

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