第5話:異世界の服屋さん
エマさんと一緒に歩き進めていくと、一軒の大きな店に案内される。
その店内は広々としていて、たくさんの服が取り揃えられていた。
日本の洋服屋さんでいえば、ブランドを取り扱うような店ではなく、古着屋さんの雰囲気に近い。
シンプルなデザインが多いものの、決して悪い印象は抱かなかった。
素材を確認するために手で触ってみても、肌触りに不満はなく、着心地も良さそうな気がする。
「思ったより生地がしっかりしてるね」
「うん。魔物の革を使って、強度を高めているものが多い」
「その割には、手触りとか優しくない?」
「ラウンディの樹液を使って、肌触りを良くしていると聞いたことがある」
「魔物の革に使う専用の薬品みたいなものかな。どうりで革っぽくない感触だと思った」
当前のことかもしれないが、この世界には、地球に存在しない植物や薬品が存在するみたいだ。
異世界らしい独自の文化を目の当たりにすることができて、私は感動している。
すべて似たような手触りになるだけに、見た目以外に選ぶポイントはあるのかなーと思っていると、エマさんが顔を近づけてきた。
「あまり動いていないなら、いま手に持ってるウィンドパンサーの革で作られたものがいいかも」
「こっちの方が動きやすい素材を使ってるっていうこと?」
「ウィンドパンサーは、空気中に含まれる魔力を風の力に変換して戦う魔物。その素材で作られたものを着ると、体が軽くなる」
「えっ……なにそのズルい機能。つまり、これを着るだけでダイエットに成功するってことじゃん!」
「服を脱いだだけでリバウンドするけどね」
なんて恐ろしい効果を持った服なんだ、と思いつつも、その不思議な機能に魅了されていく。
良質な素材を使い、優れた特殊能力がついているから、値段も違うんだろう。
これって、日本で着ても同じような効果が得られるのかな。
現代科学では理解できないオーパーツみたいな扱いになると思うから、人前では着られないけど。
「同じような素材を使ってても、微妙に色が違うんだね。技術的な問題かもしれないけど、一点ものって感じがして、私はこういう感じの方が好きだなー」
「まったく同じものが置いてある方が気持ち悪いと思う」
「手作りで一枚ずつ縫う世界だと、そういう感情を抱くよね。うわっ、めちゃくちゃ縫い目が細かいよ」
「普通はそんなところまで見ない」
「いやいや、見てよ。これは絶対に職人技だね」
機械で同じものを大量生産することが当たり前の世界で過ごしてきた身としては、こういう手作りものは価値が高い。
特に最近では、値段の高価なものを買っても糸が解れていたり、初めての洗濯で傷んだりした経験があったので、丁寧に手作りされているだけでも安心する。
異世界品っていいなー。シンプルなデザインが大人っぽく感じるし、意外に好きかも。
そんなことを思いながら見ていると、田舎から来た人みたいなリアクションに思えたのか、エマさんはちょっと引いていた。
「胡桃さんって、意外に子供っぽいね」
ブーメランが刺さってるよ、と言ってしまいたい。サンドウィッチづくりに目を輝かせていたくせに。
まあ、お互いに過ごしてきた世界が違うから、仕方ないことだと思うけど。
「胡桃でいいよ。その代わり、私もエマって呼ばせてもらうね」
「わかった、胡桃」
「ちなみに、日本にいた時のエマも私と似たような感じだったよ」
「……私はまだ子供だから」
「種族が違うだけで、二つしか年齢は変わらないけどね」
店内の商品を見ながら、エマに素材の解説をしてもらっていると、店員さんが近づいてきた。
「いらっしゃいませ。もしよろしければ、奥にも商品がございますが、いかがなさいますか?」
どういう意味だろう……と思い、エマの方を見て確認する。
「この子は貴族じゃないから大丈夫」
「そ、そうでございましたか。では、ごゆっくりどうぞ」
足早にササッと店内に消える姿を見て、エマの言う通り貴族に見えたんだと察した。
「やっぱり貴族向けの商品って、値段の桁とか違うの?」
「値段はグンッと上がる。後はドレスがメインだから、動きにくいものの方が多い」
「本場の貴族たちが着るドレス、か。ちょっと憧れちゃうなー」
「欲しいなら買うよ?」
「ううん、大丈夫。日本でそれに見合う分を返さなきゃいけないと思うと、胃が痛くなるから」
貴族が来るようなドレスなんて、日本円に換算すると、安価なものでも十万円は軽く超えるだろう。
下手をすれば、百万円を超える恐れもあるし、もっと高価な服が出てくる可能性もあるわけで……。
とんでもない額になりそうな気がして、想像するだけでもブルッと体が震えた。
旅行先で浮かれすぎて、自分の首を絞めるわけにはいかない。それに、貴族みたいなドレスよりも着てみたい服がある。
「これはどう? せっかく異世界に来たんだから、気分だけでも魔法使いになりたいんだよね」
私が手にしたのは、ロングスカートのワンピースに、トレンチコート風のローブがセット販売されているものだ。
サイズもピッタリと合うし、動きにくそうな印象も受けない。エマから杖を借りたら、十分に魔法使いに見えるだろう。
「魔力制御を補助する機能がついているから、それでいいと思う。万が一、魔力があったときに魔法を使いやすくなると思うし」
「じゃあ、これにするね」
「わかった。お会計したら、着替えだけさせてもらおう」
早速、エマに買ってもらった私は、更衣室で異世界の服に袖を通す。
見た目だけでも魔法使いになれる~! と、心を躍らせながら。
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