第3話:お弁当づくり

 急遽、異世界弾丸ピクニックツアーが決まり、私は急いで出かける準備をした。


 動きやすい服装に着替えて、押し入れの中からレジャーシートやポケットティッシュ・紙コップなど、ピクニックに必要なものをリュックに詰め込む。


 異世界にゴミを捨ててくるわけにはいかないので、ゴミ袋も用意。天気がわからないため、雨具も入れておいた。


 そして、今からピクニックに必須のアイテム、お弁当を作る。


 エマさんのエネルギー補給という目的もあるため、適当なもので済ませるわけにはいかなかった。


「食材を買い足しに行く時間はないし、あまり手の込んだものは作れないから……、サンドウィッチが無難かなー」


 冷蔵庫の残り物を見る限り、レタスとトマトが余ってるし、朝ごはん用にベーコンと卵は常備してある。


 確か、冷凍庫には……あっ、やっぱり揚げるだけの状態にしていたトンカツが残っていた。


 今日ほど過去の自分を褒めてあげたいと思った日はない。トンカツを冷凍保存しておいてくれて、本当にありがとう、過去の私。


 お弁当のメニューがサンドウィッチに決まると、すぐに調理を開始する。


 食パンやレタスを切ったり、ゆで卵を作ったり、ベーコンをカリカリに焼いたりしていると、香りに釣られたのか、恐る恐るエマさんが近づいてきた。


「……」


 どうやらこっちの世界の料理が気になるみたいで、興味深そうに覗き込んでくる。


「そういえば、何か食べられないものってある?」

「たぶん、ない?」

「そっか。食べたことないものもあるよね」

「うん。パンがきれい」


 サンドウィッチ用に切り分けた食パンをジッと見つめるエマさんは、目を輝かせていた。


 別に疑っているわけじゃないけど、彼女は本当に異世界人なんだろう。自分の世界で見ていたパンとは異なり、驚いているみたいだ。


 エマさんを近所のパン屋さんに連れて行ってあげたら、どういうリアクションを取るのか、気になって仕方がない。


 思わず、少しからかいたくなった私は、食パンに優しく触れてみた。


「このパン、ふわふわしてるよ?」

「――――ッ!!」


 どうやら衝撃が強すぎて、言葉を失ってしまったようだ。口をパクパクとさせて、驚愕の表情を浮かべている。


 見た目だけで言えば、エマさんは私よりも大人っぽい女性であり、とても同い年とは思えない。それなのに、中身はまだまだ小さい子供みたいだった。


 きっと裏表のない子なんだろう。あざとい性格じゃなければ、義理の姉妹として、うまくやっていけるかもしれない。


 料理に興味津々のエマさんが見守る中、フライパンに油を注いで温めた後、凍ったままのトンカツをそこに入れる。


 ジュワ~ッと大きな音を奏でると共に、音に引き寄せられたエマさんがフライパンに顔を近づけた。


「油が飛ぶから危ないよ。もっと離れて見てて」


 私とフライパンの距離を見て納得したのか、エマさんは何も言わずにスーッと離れてくれる。


 こんな些細なことも知らないのであれば、一切の常識が通用しない幼少期の子供と思って接した方がいい。


 少し目を離すだけでも、怪我をしたり物を壊したりするような怖さがあった。


 日本に慣れるまでの間は、何かしらのトラブルに巻き込まれることを覚悟しなければならないと思う。


 今もキョロキョロして不思議そうな顔をしているから、ガスや電気がないのはもちろんのこと、かなり文明の発達が遅い世界に住んでいたと推測できた。


 だって、私が読んでいたファッション雑誌の表紙を見て、驚愕の表情を浮かべているから。


「ひ、人が閉じ込められてる。これが、この世界の罪人を封じる牢獄……!」

「いや、それは絵みたいなものだよ。中の人も動かないでしょ?」

「……確かに」


 納得してくれたエマさんは、ファッション雑誌を手に取り、読み始める。


 異世界では立場が逆転すると思うから、雑誌を牢獄と間違えたとしても、笑うに笑えない。


 少しずつこっちの世界のことを覚えてもらって、ゆっくりと慣れてもらうしか方法はなかった。


 まあ、急に異界の文化に触れさせている私が悪いわけでもあるのだが。


「思い付きだったとはいえ、急にピクニックに行くことにしてごめんね」

「大丈夫。こっちも押しかけてきてるから、お互い様」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「どちらかといえば、こっちはプラスの方が大きい。早くも異界の料理にありつける」


 フライパンの中から揚げ終わったトンカツを持ち上げると、エマさんがしっかりとそれを凝視していた。


 意外にも、欲求に素直な子なのかもしれない。


 菓子店を営む身としては、いっぱい食べてくれる子の方が好きではある。


 ……お財布的には、ちょっと厳しいことになりそうだけど。


「あまり食べ過ぎないように気をつけてね。日本は食べ物が豊富な国だから、本能の赴くままに食べてると、すぐにブクブクと太っちゃうよ」

「魔法はカロリーの消費量が大きい。基本的に魔法使いは太らない」

「えっ、なにそれ。ズルくない? 私も魔法を使えるようにならないかな」

「うーん、難しいかも。勇者は使えなかった」

「そっかー……。もともと住んでいる世界が違うから、こればかりは仕方ないね。どちらかといえば、魔法が使えないことよりも、お父さんの呼び名が勇者だということに複雑な気持ちを抱いたよ」

「でも、勇者だから。パパ呼びはちょっときつい」

「気持ちはわかるよ。私もノエルさんをママ呼びできそうにないから」


 揚がったトンカツの油を落としている間に、ゆで卵をスライスして、野菜やベーコンと一緒にパンに挟んでいく。


 私の好みでゆで卵も追加したが、いわゆるベーコンレタストマトサンドと呼ばれるものである。


 そして、エマさんの監視の下、パンに少しカラシをつけた後、とんかつにソースをかけて挟んだら、カツサンドも完成した。


 後は弁当箱にそれらを入れて、適当におやつやジュース、昨日の売れ残った和菓子もリュックに詰め込む。


 すると、ピクニックをするだけにしては、随分と大きな荷物になってしまった。


「ちょっと入れすぎたかな。少し減らそうか」

「大丈夫。荷物を預かるのは、私の仕事」


 そう言ったエマさんがリュックに触れると、キラキラとした光に包まれて、パッと消えてしまう。


「い、今のは、もしかして……!」

「収納魔法」

「こ、これが、本物の魔法!!」


 まるで手品のようにリュックが消えたことで、私のテンションが高まったのは、言うまでもない。


 早くも異世界への思いが膨らみ、居ても立ってもいられなくなってしまう。


「ちょ、ちょっと確認させて! それって、容量が大きくて、時間停止するタイプのやつ?」

「……うん。まあ、そんな感じ」

「でたーっ! 定番のやつー! 絶対に便利だよね、それ! もう本当にありがとう、エマさん!」

「よくわからないけど、どういたしまして?」


 戸惑うエマさんが視界に入りつつも、私は本物の魔法に感動して、自分の世界に入ってしまう。


 めっちゃファンタジーっぽいじゃん、と。

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