第2話
宏人と花音が付き合うことになった翌日、学校の最寄り駅で宏人が電車を降りると、その後ろから、
「おはよう!杉山くん!」
と花音がいつもより元気な感じで声をかけた。
「おはよう、寺原さん」
宏人がいつものように返すと、花音は宏人の隣に駆け寄った。そのまま2人で駅を出たところで、花音が、
「先に、ちょっとトイレ行ってきてもいい?」
と宏人に聞いた。
「いいけど……大丈夫?体調悪いの?」
「えっと……体調は全然大丈夫なんだけど、実は今朝ちょっと寝坊しちゃって……起きてから1回もトイレ行ってないから、その……ずっと我慢してて……結構やばくて……」
「それじゃあ、待っててあげるから、早く行ってきたら?」
宏人がそう言うと、花音は近くの公園のトイレに走っていった。
1分ほどが経ち、花音がトイレから戻ってきた。
「本当にギリギリだった……間に合ってよかった~」
「まだ始業時間まで余裕あるんだから、1本後の電車に乗ればよかったのに」
「だって~せっかく杉山くんと付き合い始めたんだから、毎日一緒に学校行きたいじゃん?」
「そういうものかな?」
「きっとそうだよ!それに、私がそうしたいからしてるだけだし」
「寺原さんがそうしたいならいいけど……あんまり無理しちゃだめだよ?」
「わかってるって。そんなに私のこと心配してくれるなんて、杉山くん、やっぱり私のこと好きなんじゃないの?」
「寺原さんのことが好きっていうか……付き合い始めた限りは、寺原さんのことは大事にしないといけないとは思ってるけど……」
「それじゃあやっぱり杉山くん、私のこと好きなんだ~」
「まあ、そういうことにしておこうかな」
そんな会話をしながら、2人は学校に向けて歩いた。
* * *
その日の昼休み、宏人はもはやいつメンとして固定化された2人の男子――岩瀬裕樹と田宮博と一緒に昼食を食べていた。
「宏人はさ、最近文芸部の方の調子どうなの?野球部の先輩から聞いたけど、文化祭で同人誌みたいなの出すんでしょ?」
「まあ良いか悪いかで言えば調子は良い方かな。一応掲載する小説も通ったし」
「えっ、文芸部って検閲みたいなのあるの?」
「検閲ってほど物々しい感じじゃないけど……まあ誤字脱字が無いかとか、そういう感じのだけどね。博こそ、将棋部はどういう感じなん?」
「こっちはそんなにやることもなく普段通りに活動してる感じだけど、そういえば宏人って将棋の経験あるんだっけ?」
「まあ一応中学の頃に2年くらい週末に公民館に行ってやってたけど……」
「マジで?それじゃあ何で宏人は博みたいに将棋部に入ろうと思わなかったわけ?」
「作家目指してるってのもあるけど……1番の理由はオープンスクールの時になすすべなくボコボコにやられたってことかな」
「そんなことあったんだ。裕樹は、野球部の調子はどう?」
「まあぼちぼちってところかな。まあ普通の公立校だから層はそこそこ薄いし、名前で異常にいじられるしって感じ?」
「それにしても名字含めて野球界隈で考えたら縁起の良い名前だよな、裕樹って。もはや小説の世界じゃん」
「それってどういう意味だよ」
「そのままの意味だけど?俺も小説でそういう名前付けれるようになりたいわ~」
「そういえば、宏人って最近いつも寺原さんと一緒に登下校してるじゃん?」
「またその話?よく飽きないよな」
「宏人だって恋愛小説書いてるくせに、恋バナで盛り上がるこの気持ちがわかんないのかよ」
「昨日も同じこと裕樹に聞かれた覚えがあるんだけど?」
「それマジで?それはさすがに裕樹も2日続けてよく同じ話できるよなって感じだわ……」
「何2人して引いてるんだよ」
「「そりゃあ、ね?」」
「声を揃えて言うことじゃないだろそれ。まあいいけど。それで、寺原さんとはどういう関係なわけ?」
「どういう関係って?」
「ほら、一緒に登下校してるってことは、つまり、ねぇ?」
「だからそういう関係じゃないって。ただ同じ部活で少し仲が良いってだけだから」
「恋愛感情は?」
「無いけど?」
「即答かよ」
「……少なくとも俺が寺原さんに恋愛感情を持ってるってことは無いな。寺原さんがどう思ってるかはわからんけど」
「……なんか宏人、今一瞬考えた?」
「まあ詳しく説明すると長くなるから、とりあえずこの辺でもう解放してくれない?」
「……なら今日はこの辺で勘弁しようか」
「何で裕樹は宏人に対して上から目線なわけ?」
「博に彼女がいる以上、宏人にまで彼女ができたら俺だけ独り身になるからな」
「それが何か問題でも?」
「周りが恋愛ムードに包まれた中で独り身なのって精神的に辛いんだよ!」
「心中お察しするわ」
「お前にだけは察されたくないんだけど」
宏人は一瞬焦った様子を見せてしまったが、幸い2人にはそれが気づかれずに済んで安心したのだった。
* * *
放課後、木曜日ということで部活も無く、何をするでもなくただ帰ろうとした宏人に、校門を出たところで花音が話しかけた。
「ねえ杉山くん、お昼休みのことなんだけど……」
「どうかしたの?」
「えっと……杉山くんが、私とどういう関係か聞かれてたって友達から聞いたんだけど……その、なんて答えたの?」
「一応、付き合ってるわけじゃないって答えておいたけど……」
「……そっか」
「付き合ってるって言ったら寺原さんに迷惑かなって思ったんだけど……もしかして、付き合ってるって言ってよかった?」
「……えっと……実は、私も友達に同じこと聞かれて……私も……付き合ってないって、答えちゃって……私から、告白したのに……」
花音がそう言うと、しばらく2人とも何も言わず、静かな時間が流れ、2人の足音だけが2人の耳に届いていた。
そして、駅に着いたところで、宏人が花音に、
「俺と寺原さんの関係は、周りには、とりあえず秘密にしておこうか」
と言った。
「……杉山くん、いいの?」
「うん。なんか、周りに説明するのも難しいし、とりあえず、誰かにバレるまでは、2人だけの秘密ってことにした方が良いかなって」
「……それじゃあ、そうする」
そう言って花音は、宏人の方を向いて笑顔を見せた。それを見て宏人が、
(何これめちゃくちゃ可愛いんですけど!?)
と激しく心を揺さぶられたのは、花音には秘密である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます