第1話
翌日、宏人は学校に向かう電車の中で、昨日の部活で言われたことを思い返していた。
(リアリティねぇ……実際に恋愛せずにリアリティを得るって本当にどうすりゃいいんだろ……)
答えが出ないまま宏人は電車を降り、学校に向けて歩こうとした。その時、
「おはよう、杉山くん」
と1人の女子が宏人に駆け寄って話しかけた。
「おはよう、寺原さん」
宏人が声のした方を振り返って挨拶を返す。そこにいたのは同じクラスの女子で隣の席の寺原花音だった。彼女も文芸部員で、登下校に使っている駅が宏人と同じということもあり、時々学校と駅の間だけだが2人で登下校する程度の間柄であった。
「なんか今日杉山くん、テンション低くない?」
「えっ?そうかな?」
「なんか表情が暗いっていうか、何かあったの?」
「別に何もないけど……」
「ふーん。まあ杉山くんが大丈夫ならいいけど」
そう言って花音は学校に向けて歩き始め、その隣を宏人も歩き始めた。
「そういえば、寺原さんって時々俺と一緒にこうやって登下校してるけど、周りからの目線とか気にならないの?」
しばらく歩いた所で、宏人が花音に聞いた。
「別にあんまり気にならないけど、それがどうかしたの?」
「いや、最近俺の周りで俺が寺原さんと付き合ってるみたいな噂されてるんだけど、そういうの気にならないのかなって」
「へー、そんな噂されてるんだ。まあでも、私はあんまり気にならないかな。別に杉山くんと仲悪いってわけじゃないし、私としては杉山くんは友達ってくらいの感覚だから、一緒に登下校してても不自然じゃなくない?」
「確かにそうだけど……まあ、寺原さんが気にならないならいいや」
そんな会話をしているうちに学校に着き、2人はそれぞれの席に座った。そうしてまたいつも通りの1日が始まった。
授業中も宏人の頭から昨日文芸部で言われたことが離れることはなく、集中が途切れては隣の席の花音に不思議がられるという流れを繰り返していた。そしてその中で、花音は宏人の様子が普段と違う理由に少しずつ気がついていくのだった。
そして放課後、文芸部は火曜日と金曜日に活動しているために、宏人が帰ろうとしていると、
「杉山くん、ちょっといい?」
と花音が宏人に話しかけた。
「寺原さん?どうかしたの?」
「もしかして杉山くん、昨日のことで悩んでるの?」
「えっ!?なんで分かったの?」
「だって杉山くん、今日は一日中ずっと悩んでる感じだったし、昨日のこと、気にしてるのかなって思ったんだけど、まさか本当にそうだったなんて……」
「別に傷付いてるわけじゃないんだけど、何となく俺も自分であの小説を書いてて何か物足りない感じが薄々してたんだよね。それが恋愛の部分のリアリティっていうのを突きつけられて、これからどうすればいいかちょっと悩んでるっていうか、そんな感じなんだよね」
「なるほどね~。でも私は、昨日の杉山くんの小説、すごく良かったと思うけどな~」
「そう?」
「うん。私は難しいことはわからないけど、読んでてすっごく面白かったから、あんまり難しく考えなくてもいいんじゃない?」
「そうかな……」
宏人が少し考えた後に周りを見渡すと、教室の中にはもう宏人と花音しかいなかった。
「とりあえず、帰ろっか」
しばらくの静寂の後、花音が宏人の手を取るような仕草をしながらそう言って、2人は一緒に教室を出た。
駅に向かって歩く途中、花音が突然、
「杉山くんってさ、小説のリアリティのことを気にしてるんだよね?」
と宏人に聞いた。
「うん……でも、突然どうしたの?」
宏人が不思議に思った様子で聞き返すと、花音は少し恥ずかしそうにしながら、
「えっと……杉山くんがよかったらでいいんだけど……その……私と……付き合って……みない?」
と言った。
「えっ!?突然どうしたの!?」
驚きを隠せない宏人に、花音はさらに続けて、
「私、杉山くんの小説、好きだから……その……少しでも、支えてあげられないかなって、思って……って言っても、私も恋愛経験ないけど……」
と顔を赤くしながら言った。
「えっと……本当に、俺なんかで、いいの?」
「そうじゃなかったら、こんなこと杉山くんに言わないよ?」
「確かに、そうかもしれないけど……寺原さんは、俺のことをどう思ってるの?」
「う~ん、今朝も言ったけど、友達ってくらいには仲良いと思ってるかな。まあ、テレビとかでもビジネスカップルとかいるし、そんな感じってことになるのかな」
「そっか……」
「もしかして、私が本気で杉山くんのことが好きで告白してると思った?」
「……うん。だから、ちょっと安心したかな」
「安心?」
「まだ知り合って1ヶ月くらいしか経ってないのに突然告白されたから、俺が寺原さんに何かしちゃったかなって思って。別にそういう感じじゃないって感じで、安心したってこと」
「なんだ、そういうことか~。とりあえず、これからよろしくね、杉山くん」
「うん。こちらこそ、これからよろしく。寺原さん」
そうして2人は付き合うことになった。表面上はお互いに平常心を保っていたが、実際心の中では、
(マジでこんなことあるのかよ……これこそリアリティ無いような気がするんだけど……ってかこれから本当にどうすればいいんだろ……)
(うぅ~、すっごく恥ずかしかった……告白するってこんな感じなんだ……もしかして、デートとかってこれよりもっと恥ずかしいのかな……ちょっと不安かも……)
と、2人とも激しく動揺しているのは相手含め他の人には秘密にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます