第5話
デスクトップ右上のお知らせのところに『メッセージ1件』と表示されている。仕事のメールだろうか。でも個人メールを教えた覚えはない。それでも会社からならまずいしなと、マウスを動かし、そのメッセージをクリックした。
〈
北海道の実家で引きこもってる妹からのメッセージだった。
〈うん〉
そう打ち返そうとして、健斗がいないことを現実として受け止めるような気がして、打つ手を止めた。別にすぐに返信しなくても妹はなんとも思わないだろう。どうせ、一人部屋に篭り暇を持て余してわたしにメッセージを送っただけのことだと思った。でも——。
わたしがメッセージを開いた既読通知が妹に行ったのか、すぐに次のメッセージがきた。
〈大丈夫?〉
「大丈夫なわけ、ないよぉ……」鼻水を啜ることも忘れてそう呟くと、次から次へと続きのメッセージが流れてくる。
〈すごく好きだったもんね〉
〈悲しい?〉
〈だって、聖子にとって特別なんだもんね、健斗くん〉
「そうだよぉ、特別だったんだよぉ」一度止まっていた涙がまた溢れる。画面がひどくぼやけて、次のメッセージが読めないでいると、また新しいメッセージが届く音が微かに聞こえた。
ぐしぐしっと涙を拭い、メッセージを読む。
〈自殺、だってね〉
それを読み、今更わかり切ったことを、なんでメッセージで送ってくるんだと怒鳴りつけたくなった。引きこもりだからきっと人の気持ちがわからないんだと思った。もう今はそんな二文字見たくない、そう思って無視を決め込むわたしに妹はまたメッセージを送りつけてくる。
〈本当に自殺なのかな〉
「え?」と、声が出た。
テレビでは自殺と断定しているような報道をしていたはずだ。自宅は鍵がかかっていて密室状態だったし、それを発見したのはマネージャーの長野さんのはず。公にはなってないけれど、ネットではまことしやかに硫化水素自殺だと書き込まれている。同じマンションに住んでいる住人がそうSNSに投稿していたはずだ。変な匂いがしていたと。それなのに、なぜ——。
〈わたしは違うと思うな〉
メールがまた届く。それを読み、腹が立つ。何を根拠にコイツはそんなことを言うのだろうか。健斗のことなんて知らないくせに。最後のメッセージをもう一度読み、勝手なことを言わないで欲しいと思ったら怒りがこみ上げてきた。
〈どう言う意味?〉
キーボードが壊れるんじゃないかと思うほどの力で打ち込み送信ボタンを押す。送信と同時に妹、潔子からのメッセージが届いた。
〈仲間に殺された、とか〉
「まさか」意思もなく声が出ていた。健斗は誰からも好かれる好青年で、真面目で努力家だ。十代の養成所時代から追いかけているわたしには健斗のことがわかる。『ムーンデイズ』のメンバーもみんな仲が良く、人に恨まれるようなことなんて一切ないはずだ。誰からも愛される、それが望月健斗という人間でないとダメなのだ。
でも——。
ここ最近、わたしは健斗に会っていない。だから健斗の異変に気づけていない。もし、わたしがいないところで誰かが健斗を殺したのだとすれば——全くないとは言い切れない。
でも、一体誰が。考えられるとすれば、誰なのか。もしそうであるならば、わたしはその人を絶対に許せない。だって、健斗は、わたしだけの健斗は、まだこれからも活躍して、国民的アイドルに成長していくはずだったんだから。
そう考えると自殺だと思うよりも、その方が自然に思えてきた。
だって、健斗はスペイン戦を楽しみにしていたし、自殺するような人じゃなかった。
『健斗くんのこと、僕たちは絶対に忘れません』
テレビから『ムーンデイズ』のリーダー安藤蓮くんの声が聞こえて、わたしははっと、テレビに視線を移した。健斗のような黒髪ではなく、金髪でヤンチャな雰囲気がする安藤蓮くん。そういえば、と『ムーンデイズ』のファンの中でまことしやかに囁かれていた噂話を思い出す。わたしはそんな噂信じてはいなかったけれど、安藤蓮と健斗が養成所時代、ものすごく仲が悪かった、と言う話だ。
安藤蓮くんは『ムーンデイズ』のリーダーで、年齢は二十八歳。所属しているケリー事務所でも遅咲きのデビューだと言うことは、ファンなら誰でも知っている。『ムーンデイズ』は二年前にデビューしたから、デビュー当時二十六歳だったはずだ。同じく十代から養成所で一緒だった二人。揉め事のひとつやふたつ、あってもおかしくないのでは?
安藤くんも健斗もなかなかデビューできないなか年齢を重ね、もうやめようかと思った頃やっとデビューが決まったのだと聞いたことがある。
もしも、安藤くんが健斗を恨むとしたら、どんな理由があるのだろう。健斗の方が自分よりも人気が高いから、それに対する嫉妬、恨み?
健斗がいなくなったことで、健斗の分まで自分に仕事が回ってくるから?
まさか、それはあり得ないだろう。
せっかくデビューできた大切なメンバーを殺すなんてことはしないはずだ。
他のメンバーだって同じはず。
もう一度テレビに目をやる。
健斗をしのぶ特集はどうやら終わりを迎えたようで、スタジオにいる出演者が姿勢を正して座りカメラに顔を向けている。
『健斗くんのご冥福をお祈り致します。それでは、ここからはニュースセンターにお繋ぎいたします』
お笑いコンビ『タノモース』の金髪じゃない方がそう言うと、テレビ画面はニュースに切り替わった。
ああ、終わってしまった。
悲しみがまた黒い塊となってわたしの体を押し潰してくる。
女性キャスターがニュースを読み上げるのを見て、わたしはテレビのリモコンを手に取った。いましがた録画したばかりの『タノモースのキラキラデイズ』を再生する。
『先日、僕たちのこの番組レギューラーメンバーである望月健斗さんが二十五歳の若さでこの世を去りました。いまだ僕たちも信じられない気持ちでいっぱいです』
番組がまた最初からテレビ画面に映ると、自然に『ムーンーデイズ』のリーダー安藤蓮くんに目が行った。泣きはらしたような顔。口惜しそうに唇を噛みしめ、膝の上に乗せている手はギュッと握り締められている。
安藤くんじゃない。絶対、安藤くんが健斗を殺すわけなんてない。
彼もわたしと同じように悲しんでいるのがわかる。
一瞬でも安藤蓮くんを疑った自分がとてつもなく悪いやつに思えた。安藤くんは、辛い下積み時代を健斗と一緒に歩んできたのだ。それこそ、わたしよりもずっと長い時間、健斗といたんだ。メンバーの誰もが悲しみ瞳を潤ませている。『ムーンデイズ』のメンバーのなかに健斗を殺すような人は誰もいない。
「ごめんなさい」と声に出さず呟いて、パソコンに向かい妹にメールを打つ。一瞬でも『ムーンデイズ』のメンバーを疑った自分が許せなかった。それもこれも、妹、潔子からの変なメッセージのせいだと怒りがこみ上げてくる。もう二度と、そんな馬鹿な考えは起こしたくない、起こして欲しくないと思い、キーボードを打つ指に力が入る。
〈健斗が殺される理由が、わからない!〉
〈健斗は仲間に恨まれるようなこと何ひとつしてない!〉
〈ムーンデイズのメンバーはみんな仲間思いなんだよ!〉
〈仲間に殺されたんじゃない? なんて二度と言わないで!〉
チャット画面にメッセージを送ると、しばし間があり、妹から画像データが送られてきた。ここにきて、一体なんの画像だろうかとマウスでクリックする。——と、映像が流れ始めた。わたしはその光景に目を疑った。
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