第4話
『健斗くん、本当に全力投球で』
思い出にふけりながらテレビを見ていたわたしの耳に、聞きたくもない共演者のグラビアアイドルの声が届く。そうだ、健斗はいつでも全力投球で、それでいて疲れを見せない。家に帰ってからの健斗は違うけどね、と心の中で呟くと、健斗を失った悲しみがまたどっと押し寄せてきた。
なんで健斗は自殺なんてしたんだろう。
わたしは知っている。
サッカー日本代表がスペイン戦は絶対勝つと信じて応援していた健斗を。
わたしは知っている。
もうすぐ出演ドラマの発表があることを。
わたしは知っている。
健斗は自殺するような人じゃないことを。
なんで健斗は自殺なんてしたんだろう。
『CMの後は、デビュー当時の健斗くんをよく知るメンバーから、お話を伺いたいと思っています』
MCをしているお笑い芸人『タノモース』の金髪の方がそう言うと、テレビ画面はまたあの洗濯石鹸のCMに変わった。あざとかわいい元アナウンサーの女優さんがピンクのニットの匂いを嗅ぐようなそぶりをして、『オシャレ着用も新発売』の文字が画面に出ている。秋冬用バージョンのようだと思った。
「健斗、これはまだ使ってなかったんじゃない?」
画面に向かって健斗に話しかける。と、わたしの頬を涙がまた伝った。秋冬用のこの洗剤、もう使ってた? そんな話してくれてないよね。だからきっとまだ使ってなかったんだよね。そう心の中で言い足して、また嗚咽が漏れた。もう健斗はこの世にいない。その現実はどんどんわたしの重たい体にのしかかってくる。
CMはコーヒーマシーンに切り替わりほのぼのとした雰囲気の音楽が流れているけれど、わたしの頭の中は断崖絶壁にいた。荒れ狂う海を眺め、吹き荒ぶ冷たい風に髪の毛を掻き乱されている。
健斗はどこで道を間違えたんだろう。
どうして死にたいなんて思ったんだろう。
わからない。
わたしには、わからない。
毎日一緒にいたのに、健斗のその変化に気づくことができなかった。
「悔しい……」
死なせてしまった。
助けることができたかもしれないのに。
きっと、ここ何日かわたしが健斗に会えなかったからなのかもしれない。
そう思うと、やるせなかった。
どうしようもできなかった、無力な自分を責めたくなる。
テレビ画面はまたバラエティ番組に戻り、健斗と同じアイドルグループのメンバーが泣きはらしたような充血した目で映っている。
『健斗、なんでなんだ。俺たちずっと一緒にいたのに。気付いてやれなかった。おい、健斗聞こえてるか、お前、本当に死んじゃったのか』
『ムーンデイズ』リーダーの安藤蓮くんが泣き声まじりの声でカメラに向かって話しかけている。その声を聞いて、その映像を見て、わたしもまた泣けてきた。箱からティッシュを何枚も抜き取り顔に押し当てる。どうせ一人暮らしの部屋だ。それにこんな時間、誰も聞いてなんかいない。思いっきり健斗のために泣いてもいいんだ。
そう思うとどこからそんな声が出るのかと思うほど大きな呻き声が出ていた。テッシュに顔をつけて泣き叫ぶ。猛獣のような声が部屋に響き、その声を聞いてまたさらに涙が溢れた。
健斗、どうして死んじゃったの。
わたしの前からなんで消えていなくなっちゃったの。
わたしだけの、健斗。
健斗に、もう一度、会いたい。
たまらない気持ちになって、わたしはデスクによろよろと這いずりながら向かい、ノートパソコンを開けた。電源ボタンは押さなくてもノートパソコンを開くと自然に起動して、デスクトップに健斗の写真が出てくる。
スライドスクリーンでライブの時の派手な衣装の健斗や、ドラマの端役——わたしにとったら主役だ——の時の学生服の健斗や、最近流行った純愛ドラマの時の美術講師の健斗が次々に現れる。視界が滲んでよく見えない。泣きはらして重たくなったまぶたを一生懸命持ち上げて、健斗を目に焼き付けようとした。
画面いっぱいに映る健斗。その隅々まで見ていたくて健斗の顔を指で撫でながら顔を近づけた。
——と、その時、ビデオチャットのメッセージ通知を見つけた。
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