第5話

鏡を見ると左頬が腫れていた。痛みはあまりないが心の方が痛かった。心の痛覚。私は幼少のころから悲しみの感情が顕著に表れることを知っていた。普通の人なら怒る場面でも私の場合は悲しみがこみあげてくる。幼少期なんて悲しい音楽を聴くだけで涙が出そうになることもあった。そんな感じだから些細な悲しみも心に大きく響くのだった。


取り合えず学校に行こう。そんなわけで高校へ向かった。


部室が開いてなかったので中藤の所へ行った。すると中藤が


「お前、顔どしたん?」


と聞かれたので一連の話をした。


「そりゃお前、殴られてもしょうがないだろ。人と場合を考えろよ。もういい歳なんだから。まぁ、殴るやつも殴るやつだが。」


「それは俺も浅はかだった。ちょっと考えれば分かることだった。それより部室の鍵貸してくれない?」


「分かった。ほれ。」


部室に向かって部室の鍵を開けた。暗室を開け、電気を点けた。やはりネガは猫の写されたものだった。これをカメラ屋に持っていく。次のAの写真がどんなものかとても待ち遠しく嬉しい気持ちだった。


カメラ屋に向かって現像に出した。どうやら今日は店主がいるようだ。


「お客さん、今時、モノクロのフィルムなんて珍しいね。自分で現像したのかい?」


と店主が尋ねてきた。


「はい。昔、写真部でしてね。今は母校の高校の部室を使わせてもらってやってます。」


「それにしてもあなたが撮るこの女の子は可愛い子だね。娘さんかい?」


「いえいえ、ちょっとした友達でね。」


「そうなんですね。私も少し現像するのが楽しみだよ。」


そうか。もう親子ぐらいの歳になるのか。前回の高校の頃の写真のAと私の年齢とは。友達?いや、それもキモイな。今度はどう説明しようか?などと考えていた。それより後になってハッとしたが、この段階でネガがもうAが被写体になったネガになっていることに気が付いた。頭の中では猫イコールAなのでAを撮っていると思っているからそれを気付くのがその場で分からなかった。てっきり初めからAが写っているのが前提でカメラ屋の店主と話していた。いつ猫からAに変わったかっていうのを突き止められなかった。一応店主に聞いてみた。


「その子のネガはもともと女の子が写っているネガですよね?」


「はい。そうですが。何か間違いましたか?」


「いえ、大丈夫です。」


取り合えず写真が現像し終えるまで一週間待つことにした。それにしてもこれらの写真をどうしたものか。自分で保管するのか?どうしようか?と考えていたら、あいつを思い出した。アキトだ。あいつなら分かるはずだ。そこでアキトに連絡を入れてみた。


「アキト、久しぶり!少し時間いいか?」


「おぉ、川ちゃん、久しぶり!なんかあったか?」


「いや、こうこうこういうことでね...。」


と一連の話をアキトにした。


「なるほど。取り合えず今から店の仕込みをするからまた空いた時間に話聞くわ!」


と、取り合えず変な風には思われていないようだった。アキトは写真部の部長であり、今はワインバーの店主で一国一城の主である。いざという時には頼りがいがあるやつだ。


そうこうしているうちに1週間が立った。アキトからも連絡があり、次の水曜日に時間が作れるとのことだった。ひとまずカメラ屋に写真を取りにいった。


「いらっしゃいませ。ああ、あのモノクロの写真のお客様ですね。できてますよ!はい、これで間違いないでしょうか?」


「あぁ、はい。」


「ルール違反を承知の上で現像しながら見てしまったのですが、前の方を幼くしたような女の子ですね。可愛らしいですね。」


「ああ、はい。知り合いの娘なんですよ。その妹でして。」


「あぁ、そういうことなんですね。それにしてもあなたの写真は本当に躍動感がある写真を撮りますね。まるでこの写真の中で生きているような感じがします。」


「ははは。ありがとうございます。」


今回の写真はAが中学生の頃の写真だったようだ。あらかた分かってはいたが。それにしても確かにAの写真は妙に生々しくて本当にこの中で生きているような感じに撮られている。Aだけでなく他の人達も写ったりしているこれはつまりAの記憶を私が写しているということだろうか?まあ、そんなことよりアキトと会って話をしよう。


CATYという店で待ち合わせた。モーニングでサラダバーとコーヒーが食べ放題、飲み放題というところだった。


「川ちゃん太ったからこういう店のほうがいいと思ってね。」


「確かにそっちのほうが助かる。」


「ところで写真見せてよ。」


「はい。」


しばらくアキトが写真を眺めた。


「本当にすごいな。こんなにプライバシーギリギリの写真を撮っているとはな。日常風景と言ってもこのショットなんて普通撮らないぞ?」


「そうなんだよ。俺は猫をただ撮っただけなんだ。なのになぜかAさんが写るんだ。だから猫を追って写せばAさんの写真を撮れるという原理になってるんだ。」


「ところで川ちゃん、カラー写真では無理なのか?」


「ああ、それも考えたんだけど、同じ条件の方がいいんじゃないかな?と思って白黒にしている。」


「なるほど。今度カラーでも試してみるといいね。あと猫が出る場所は?高校と中学校とAさんの実家付近なのは確かだけど。」


「ちょっと今度ふたりで追いかけてみるか。俺も休み取ってみるから。」


「マジで?ありがとう!」

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