私の中の愛は公園に佇むロケットと共に飛翔する
青江
第1話 フライ・バイ・スイートハート
登場人物
柊木流美子 ひいらぎるみこ
神崎美咲 かんざきみさき
すれ違う妊婦を無性に蹴り殺したくなる。
アタシが殺したいのは母体じゃなくて水に浸かってる方。
膨らんだ腹とか幸せそうな顔が気に入らないんじゃない。
ただ誰かに手を取って欲しいという願いを塗りつぶすブラックな自分がいるんだ。
救われないブラックな自分を誰かに押し付けたくて押し付けたくて堪らないんだ。
そんなクソみたいな自分を生んだのが他ならない子供だった。
子供って生き物は存在そのものが理不尽なんだよ。
ただそこに居るだけで、周りにいるヤツらの人生から何かを奪っていくんだ。
それが何なのかは十人十色なんだろうけど。何であれ必ず奪われるんだ。
アタシにとっては……なんだろうね。時間とか?
違う気がしてきた。自分の答えに納得できない。
何であれ、確実に何かを奪われている感覚だけがあった。
余りにも理不尽すぎる。
そんなアタシだから、誰にも見せない頭の中ではずっと被害者ヅラをしていた。
あの非力な肉体と未熟な精神にアタシは屈したくなくて心を閉ざした。
好きな女と引き換えに生まれてきたくせに心の隙間に入ろうとするから拒絶した。
泣き疲れると我を忘れて殴打したくなる。
心臓が痛いと衝動のままに殺したくなる。
だけど……それはできない。
子供の顔があの女に日に日に似ていくから。
たった一人しかいない親友と交わした約束だから。
何よりも、筋が通ってない。
そうなんだよ。
他ならぬアタシ自身がこの人生を選択した。
アタシがアタシの意志でこの生き方を選んだんだ。
『お母さん』でいることで、アタシはアタシを現世に縛り付けられると信じた。
『お母さん』をすることで、アタシはアタシに生き甲斐を与えられると信じた。
それが柊木流美子というレズビアンが神崎美咲という子供の『お母さん』になった理由だった。
「お母さんお母さん!」
「……ん。なに?」
「よんだだけー!」
「そっか。美咲はー……カワイ子ちゃんだね」
「えへへ。そうでしょ? そーでしょ!」
「そう、だね」
神崎美咲。
アイツらは事情があったのか未婚だった。
だから『神崎』は……あの女の苗字だ。
アタシはこの子供を『美咲』と呼んでいる。
親子として日々を過ごすなら苗字で呼ぶわけにもいかないだろ?
それも、ある。
その名を口にするのも耳にするのも、忌まわしいフラッシュバックのトリガーになってしまうから。
こっちが本命。
血も繋がっていなければ名も違う。
そのことに美咲はいつ気付くのだろうか。
気付いた時、何を思うのだろうか。
その時、アタシは何を美咲に言うのだろうか。
あるいは。
フラッシュバックはアタシに何を言わせるのだろうか。
遠すぎる未来を少しだけ想像してしまう。
現在と地続きとは思えない未来だった。
「ねぇねぇねぇねぇ。きょういくこうえんはすべりだいある? ぶらんこは? じゃんぐるじむは?」
「んー……『お母さん』も初めて行くから分かんない。行ってからのお楽しみだね」
「お母さんおそい! はやくあそびたい! はやくはやく!」
「美咲、走るならちゃんと前見て。転んじゃうでしょ」
「きょうそうだよ! お母さんもはしって!」
アタシが美咲と初めて会ったのはガラス越しだった。
新生児室のに並んだキャリーベッドのどれがアイツらの子供なのか、アタシはバクバクする鼓動を宥めながら探した。
見つけた時は嬉しかった。
アタシの初恋は実らなかったけど、アイツら二人が手にした愛がこうして実ったのだと思うと、やっぱり嬉しかった。
舞い上がってしまって、家族三人でアタシが継ぐ予定のパッとしない町中華に通ってくれる光景を思い描いてしまった。『あのデカい中華鍋を振ってるデカいお姉さんがパパとママの親友なんだよ』って言われたいなぁー……とか、ちょっとビターでほんのりハッピーな人生の第二章が幕を開けたんだなぁー……とか、色々想像が膨らんでいた。
けれど、それが叶わぬ願いだと現実を叩きつけられて知った。
「もー! お母さんもちゃんとはしって! きょうそうなんだよ?」
「あぁー……ごめん。ごめんね。『お母さん』さ、歩いてちょっと疲れちゃったんだ」
「ほんとー? しょうがないなー。となりあるいてあげるからがんばって!」
「ありがとう」
アタシをフった女は分娩室で死んでいた。
死因は産科危機的出血だった。
出産時の死亡リスクなんて考えたことも無かった。
あの美しい顔がそんな聞いたこともない死因で死ぬなんて思っていなかった。
当たり前に産んで、当たり前に生きていると思っていた。
決して涙を見せない唯一の親友の口から、あの女の死を嗚咽混じりで聞かされた。
その言葉の意味を理解した時、アタシの心はパキパキっと軽い音を立てて砕けて、サラサラの砂になって舞った。
膝を折って天を仰ぐような真面目な女じゃなかったから、その場にいたヤツら全員をブン殴った後に警備員総出で取り押さえられた。
罠にはまった獣のようにのたうち回るアタシに親友は言ってくれた。
嫌じゃないなら……流美子が美咲を育ててくれないか、と。
高校時代からずっと好きでやっと結ばれた女を目の前で失った男に、アタシは心配されていた。柊木流美子にこそ神崎美咲という命綱が必要だ、と潤んだ目が言っていた。アタシを微塵も疑っていなかった。美咲を一人前の人間にできると信じきっていた。
その提案をアタシは即決で受け入れた。断るなんて考えもしなかった。
親友の頼みを断ることはアタシの生き方を曲げることを意味していたから。
アタシは父に店を継がないと告げた。継がせてくれと自分から頼みこんだくせに道半ばで辞める、筋違いの行い。勘当されても仕方ないと思っていた。
しかしアタシの予想とは違い父は怒らなかった。穏やかですらあった。
ただ最後にボソッと独り言みたいに呟いた。
いつかお前『らしさ』を理解してくれる人が現れるといいんだがな、と。
父は分かっていたんだろう。
アタシが孤独に……理解者が一人もいない人生になる、と。
「ねぇーえーまだつかないの?」
「多分、もうすぐ着くよ」
「ほんとにぃー?」
「ほら、ちょっとだけ遊んでる子の声聞こえるでしょ?」
「くるまのおとしかきこえなーい!」
「美咲は車好きなの?」
「べつにぃー。んーお母さんがそうじゅうするならのってみたい」
「……ごめんね。『お母さん』は運転できないんだ」
「そうなの?」
「うん」
「なんでー?」
「持ってた車壊しちゃったんだ。美咲が生まれる前にね」
「じゃああたらしいのかって!」
「あー……気が向いたらね?」
「なにそれ。へんなのー」
アタシは見習い料理人から家政婦になった。
親友はクソ金持ちだったから家まで用意していた。タワマン上層階だった。
アタシが美咲を育てるって話はホントにアタシ一人でってことだった。
レズのアタシを尊重してくれていた。アイツと偽装結婚とかするんだと勝手に決めつけていた。
親友はアタシに対しては良いヤツだった。
だからアタシのやることなすことを仕事扱いにして金もくれる。
何もせず、ただ美咲を育てるだけでいい環境をアタシの為に作り上げていた。
だけど……アイツは親友故にアタシを買い被っていたと思う。
アタシは子育てをする資格がない女だった。
まともに出来るのは料理だけ。他はからっきし。
モデルルームみたいな内装はゴミ屋敷に姿を変えていった。
絡まってギシギシする髪といつ着替えたか忘れた服で、じっと部屋の隅に蹲っていた。
鏡を見るたびに少しづつ畜生へと近づいていた。
夜泣きで気が狂いそうになるたびに酒を浴び続けた。
会話が無いから暇さえあればタバコを吸っていた。
悲しみから抜け出す気がなかった。
自分がこの世で一番不幸なのだと信じて疑わなかった。
アタシはアタシの世界に閉じこもっていた。
違う。
今もそうだ。
「あー! ろけっとがある!」
「……ロケット?」
「みえないの? あれあれ!」
「あー……滑り台だね」
「そうなの? ろけっとにしかみえないよ?」
「美咲でも乗れるロケットだよ」
「ほんと!」
「うん」
「たのしみたのしみ!」
「よかったね。滑り台があって」
「さいしょはぶらんこがいい!」
「あるといいね」
「はしって! もうすぐそこでしょ!」
「先行っていいよ。『お母さん』まだ疲れてるみたい」
「……わかった」
あぁ、まただ。
すれ違う妊婦をどうしようもなく蹴り殺したくなる。
アタシの人生を大きく狂わせた存在がそこにいるから。
誰にも理解されない生き方を強制させた生き物がそこにいるから。
その胎内に宿したものは、思い描いていたものとは違う現実を突きつけるから。
心の奥底では……アタシは子供を憎悪しているのかもしれない。
殺意がないなら、殺人は許されるのか?
純粋無垢なら、人を殺してもいいのか?
気に入らない。
心底気に入らない。
だけど、アタシの傍らには常に初恋の女の子供がいる。
醜い感情を芽生えさせる存在をアタシは人生を費やして育てている。
母親ヅラをなんとか取り繕って、こうして日々を送っている。
美咲に置いていかれて数分、アタシもやっと公園に着いた。
目の前には延々とギャーギャー騒ぎながら走り回る子供たち。
金切り声が脳に突き刺さってズキズキする。
着いて早々、フラストレーションがキャパオーバーした。
それが悲しい。
アタシはこんなにも変わってしまった。
そんなこと知りたくなかった。
昔はこの声に愛おしさすら感じていた。
アタシは父の店を継ぎたいと思う前は先生を夢見ていたから。
真正の馬鹿であるアタシには無謀すぎる夢だったけど、ね。
「くっは!」
マジ笑える。
僅か数年でここまで変わってしまったことがおかしくて堪らない。
たった一人の女の死がアタシをここまで変えるとは。
母が死んだ時だって、たいして泣かなかったアタシなのに。
好きって気持ちはホント……呪いになって死ぬまで消えないのかもしれない。
だとしたら、アタシは──。
「あ?」
不意に本物の『お母さん』達と目が合った。
あぁ、そうか。
突然一人で笑うなんておかしいか。
そんなに警戒しないでいいよ。無理な話だろうけどさ。
アタシはこんな見た目でも、一応『お母さん』としてここに来てんだから。
アンタらと同じ様に正当な理由で公園に来たんだよ。
だから、さ。
そんなにじろじろ見るなよ。
これ以上、アタシを掻き立てるなよ。
公園は子供を放牧して束の間の安らぎに浸る『憩いの場』だろ?
部屋の隅で卒アル眺めてぼーっとしてたいけど、わざわざその為にアタシは風呂入って着替えてここまで来てんだよ。
あー……くそ!
ここに突っ立ってる方が悪いってか?
そうかよ。
よかったなぁ? アタシらウィンウィンの関係になれそうだぜ?
アタシはあっちのベンチに座ろうと思ってたからな。
お互いの視界から嫌なモンが消えてハッピーだろ?
だから……頼むから、これ以上見ないでくれ。
本当に我慢できないんだよ。奥歯が砕けそうで不愉快なんだ。
「はぁー……陽の光が鬱に聞くなんて嘘だな」
アタシは美咲に嘘をついた。
この公園をアタシは知っていた。
あのロケットの滑り台がウリだってことを知っていた。
そして。
ベンチ横に灰皿があるってことも知っていた。
ここなら美咲をほっぽって伸び伸び吸える。
あの眼差しを感じずに済む。
がさごそ。
マルボロソフト。赤が似合うと言われたから。
女々しいタバコ。こういうところにアタシの乙女が出てる。
ビッグライター。使い捨ての方がカッコイイと思うから。
「ふー……」
味は悪くない。乗り換えてから慣れるまではちょっと不味かったけど。
今じゃ一日二箱肺に塗りたくってる。喉の調子もよくない。
美咲はげぇーげぇー咳き込むアタシを心配そうに見つめる。
アタシはその度に目線を合わせず俯く。足先を眺めてしまう。
立場が逆転している。
ここ最近そう思うようになった。
世話をしているはずのアタシこそが美咲に世話されている、と。
確信はないけど……美咲はアタシの現状を何とかしなくちゃいけないって思ってる気がするから。
アタシを家の中に居させちゃいけないって、外に連れ出さなきゃって、小さい頭の中で考えてるじゃないかって。
美咲に気付かれないよう盗み見る。
最初はブランコがいいって言っていたのに、ちっとも遊んでない。
ただ座ってる。ゆらゆらと揺れることもなく。
背中を押されたくてアタシを待っているだけなのかもしれない。
だけど、アタシにはそう見えない。
アタシには、なんだかつまんなそうに見える。
ただ時間を浪費する為だけに、そこに座っているように見えてしまう。
公園が好きなフリをしているんじゃないかって……思わされる。
美咲にそれを聞いたことはない。
聞くのが、怖かった。
そうだよって言われるのも、そんな訳無いよって嘘を言われるのも、怖かった。
いや、本当に怖いのは……アタシを包む殻を自ら手で破ることだ。
アタシは『悲劇のヒロイン』ってマジックペンでデカデカと書かれた殻に閉じこもっている。
好きな女を失ってしんどいんですと、自業自得の人生が苦痛なんですと、周りに知って欲しくて、でも言葉にするのはダサいと思って、折り合い付けた結果として不機嫌をまき散らしている。
それを自覚してる。
自分に酔ってることも分かってる。
そんなアタシをアタシはいつだって軽蔑している。
それでも、そんなアタシを止めたくないとアタシは開き直ってる。
何もかもを失いこの世で最も不幸であると信じながら、人から多くを施される恵まれた人生に報いたいと歯を食いしばっている。
だから。
いつまでも、こんな馬鹿な真似を続けてていい訳がないんだ。
何よりも──そんなクソアマはアタシ自身が許せはしない。
立ち直らなければならない。
アタシが目指すアタシに近づかなければならない。
美咲はそのきっかけを遠回しに与えてくれている。
その手を取るだけでいいんだ。求めていたはずの救いの手であるはずなんだ。
誰にも分かってもらえない人生だけど、美咲はずっと傍にいてくれるから握っていいんだ。
分かってる。
全部分かってる。
そんなことはなっから分かってんだよ!
けどな!
アタシは!
この殻に包まれていたい……包まれていたいんだよ。
アンビバレンス。
神崎美咲は存在するだけでアタシを苦しめるくせに、その小さな手を必死に伸ばしてアタシを救おうとしている。
柊木流美子は『悲劇のヒロイン』という滑稽な殻に包まれていたいのに、小さな手を掴むために必死にそれを破ろうとしている。
「ふー……ガァ、ゲェ!」
イラつきすぎて咽た。
どうしろってんだよ。
誰でもいいから教えてくれよ。
どっちのアタシも満たすような教育をくれよ。
立ち直って大人になれ、なんてそんな当たり前なモンじゃ納得できねえんだよ。
世界一不幸だって宣うアタシをどつき回すような刺激的なモンをくれ、よ──。
は……?
なに、やってんだ?
瞬時に確信に近い予感を得た。
そっと立ち上がり、深呼吸をする。
美咲は目を離した隙にブランコから滑り台に移動していた。
それは良い。
問題は、視界に映った光景が滑り台の真っ当な遊び方じゃなかったことだ。
ロケットの形をしている滑り台。
その先端に美咲はいた。
風を感じて気持ちよさそうに空を見ていた。
どうやってそこまでよじ登ったのか、皆目見当もつかないが今考えることじゃない。
口からタバコが落ちていく。
唖然として落とした、なんてことはない。
ここがどこだか確かめたかったから、意志を持って落とした。
そうだ。
ここは地球。
確かめなくとも分かる事実。
目の前にあるロケットは単なる遊具。
決して成層圏を突破するようなことはない。
朽ち果てるまで重力に縛られているだろう。
これも確かめなくとも分かる事実。
なら、そこから飛ぼうとしているあの子は?
宙に舞って、空を泳いで、雲を抜けたりするだろうか?
あり得ない。
人間の脚力が重力に勝ることはないのだから。
何をどう考えたって、これから起こることは──飛び降り自殺に等しい所業だ。
「美咲!」
アタシが吼えたからだろう。周りも事態に気付いた。
同時に。
それが合図になった。
美咲は飛翔した。
翼も無いくせに飛べると盲信して、踏み切った。
それを見て悲鳴を上げるヤツ、目を覆うヤツ、祈るヤツ、理解が及ばないヤツ。
色んなヤツらがいたが、美咲を何とかしようとするヤツは一人もいなかった。
アタシ以外は。
美咲が踏み切る前に、身体は勝手に動き出していた。
跳んでいる。アタシもまた。
だと、思う。走ると言うよりは跳んでいる気がする。
置き去りにされかけた脳が慌てて思考を開始した。
アタシの肉体という才能、美咲の重さ、そして青い星の重力。
三つの条件を掛け合わせた結論は数瞬で弾き出された。
間に合う。
現実逃避の妄言ではない。自身を過大評価した驕りでもない。
経験。
それでしかない。
この程度の修羅場、アタシにとっては慣れたものだ。
「わっ!」
確かな衝撃を感じる。
零れない様にそっと閉じ込める。
そうして。
美咲は傷一つ付かずにアタシの腕の中に納まった。
「お母さん……?」
抱きしめてアタシの娘になってしまった子供を感じる。
その温度を再認識する。
その鼓動を肌で数える。
「んー……美咲が柔らかいなぁーって思って」
あぁ、今……分かった。
アタシが神崎美咲という子供に奪われているものが、なんなのか。
それは愛に他ならなかった。
アタシは美咲を愛している。
愛しているとはっきり分かってしまった。
愛に狂わされるのがアタシの運命なのかもしれない。
あの女に奪われたものを、この子にも奪われている。
酷い話だ。
持っていた愛は根こそぎ奪われたと思ってたのに、まだ欠片を残していたなんて。
この美しい顔はアタシの愛を奪い尽くさなきゃ生きていけないのか?
くっだらねぇなぁ。
不意にそう思った。
ただ存在するだけで愛を無条件に引きずり出して奪うなんて、そんなのどうしようもないじゃんか。
余りも理不尽だ。
馬鹿馬鹿しくてしょうがない。
そんな生き物がこの世に存在するのは間違っているとさえ思う。
「ね! お母さん! いまね、なんかね、ぶわーってしてね、たのしかった! もういっかいやっていい? お母さんはちゃんとそこにいてね!」
そう。
そう思っているのに、アタシは美咲を受け止めた。
この世に存在することが間違っているのなら、こんなことをしなくてもよかったはずなのに。
でも、した。
自我ではない無我のアタシが、美咲を求めていた。
母親に似た狡い女だ。
差し伸べた手を握らずにいたら、握らざるを得ない状況にまで持っていった。
楽しそうな美咲の瞳に映る自分を見る。
相変わらずの不幸ヅラだ。
本当にくっだらねぇよ、お前。
いつまでもウジウジしやがって。
そんなツラもう十分だろ。
ちったぁ笑えよ。なぁ?
笑って腹括れよ。なぁ?
テメェで決めた道だろうが。
何回も言わせんなよ。後戻りはできねぇんだよ。
引き返しはしねぇんだよ。なるしかねぇんだよ。
美咲の『お母さん』に、ちゃんとした『お母さん』なるんだよ。
託されたこの子をアタシがイイ女にしなくちゃいけないんだよ。
それが……いつかアタシ『らしさ』にもなっていくんだよ。
そうだろ?
愛した女に幸与えられる女ってヤツが、さ。
アタシが目指す──柊木流美子『らしさ』だろうが。
私の中の愛は公園に佇むロケットと共に飛翔する 青江 @aoe2001
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