第37話 秋が来た

 季節は秋。山々が黄色と赤に色づくころ、俺とショーグンは落ち葉を集めていた。


「楽しみですね。焼き芋」

「ああ、そうだな」


 今日は焼き芋パーティーだ。

 集めた落ち葉を使って盛大に焼く。

 都会ではなかなかできないイベントだな。消防法やら、スペースの問題やらで制限も多いから。

 その点、田舎は楽だ。

 文句言ってくるやつなどいない。

 なんたって隣の家まで何十メートルもある。洗濯物に煙の臭いが! みたいなことは……あるっちゃあるか。

 煙の臭いって、案外遠くまで届くからな。

 まあ、その辺はお互い様だ。

 焼いた落ち葉を畑にまくなんて、昔から行われている。

 田んぼもそうだな。わら脱穀だっこくしたモミがらを焼いて撒く。


 そうする理由は土壌の中和。作物を育てていると、土はだんだん酸性に傾いていく。

 それを灰のアルカリ性で中和するんだ。

 こうやって、自然は循環していくわけだな。ほんとよく出来てるよ。


「早く、焼きましょうよ。イモ」

「待て待て。せっかちだな。ちゃんと水の用意してからだよ」


 焚き火で気をつけなきゃいけないのが火事だ。

 燃え広がって山火事にでもなれば大惨事。

 火の粉が飛んでも大丈夫のように落ち葉は一か所に集める。周囲に燃えるものを置かない。

 初期消火ができるように水、または消火器を用意しておく。

 これが落ち葉を焼く最低限のマナーだ。


「紅あずまってなんですか?」

「ああ、イモの品種だよ」


 ショーグンはイモの袋に貼られたシールを見つめている。

 最近けっこう細かい表記まで読むようになっているのだ、ショーグンは。

 なんやかんや学習してんのかな?

 ドジだったり、天然だったり、根っこの部分はまったく変わらないんだけど。


 ちなみに、紅あずまは俺が好きな品種だ。

 甘くてホクホクした食感がたまらない。ネットリ系よりカリっと系。皮が焦げて固くなった身の部分が特に好きだ。

 けどまあ、残念ながら買ってきたイモだ。

 自分で育てたイモなら、なお良かったんだけどな。

 来年あたりはサツマイモも育てたいなあ。

 それこそ、品種改良のベースにもなりそうだし。

 比較的やせた土地でも栽培できるってのも魅力だよね、サツマイモって。いい畑にするってけっこう手間だから。


「旦那様、今日はマイさんを呼ばないんですか?」


 ショーグンは、ジッと俺の顔を見つめて言う。

 どうした? 取り分の心配でもしてんのか?

 大丈夫だよ。イモはたらふくあるから。

 それに――


「マイは学校だよ。俺たちと違って授業ってのがある」


 今日は平日だしな。

 普通の会社員やら学生やらは、平日の昼間に焚火などしない。有給ってのがあるけど、それは置いておいて。

 個人事業主の特権てやつだ。

 まあ、裏を返せば日曜、祝日も働かなきゃならないわけだけど。


「へ~、学校ですか。大変ですね」

「まあな。けど、人生で一番楽しいのは学生だぞ。制約もあるが、それほど責任もない。大人は自由でいいなんて子供のころは思ったけど、責任が自由を縛るからな。特殊な家庭環境でもなけりゃ、学生が一番楽で楽しい」


 これから先、科学が発達して、学校なんてものは必要としなくなる未来がくるのだろうか?

 情報や知識をダウンロード。記憶媒体と人体を直結させて、みたいな。


「そうなんですか、学校って楽しいところなんですねえ」


 ショーグンはなにやら難しい顔でうなずいている。

 ショーグンは機械だから、学校に通うってことはまずありえない。

 そう考えると、ちょっと悪いことを言ってしまったのかも。


「ショーグン、おまえ学校とか興味あんの?」

「興味ですか?」


 通学はできなくとも、雰囲気ぐらいは味合わせてやれるか?

 学園祭的なイベントにコスプレしている感じで紛れ込ます。


「そう、学校に興味」

「まあ、たしかにありますね。どんな建物なのかなあなんて」


 ふ~ん。

 やっぱあるんだ。

 どうすっかな。マイに聞いてみるか?

 マイの高校にも学園祭みたいなのがあるだろ。そこにショーグンと行ってみるのもいいかもしれん。


「あの、旦那様」

「うん?」


 ショーグンが声のトーンを変えてきた。

 なんだ?

 なにか聞きたいことでもあんのか?


「わたし、ちょっと気になっていることがございまして」

「ほう?」


 学校のことだろうか。

 まさか、授業を受けたいとかじゃないよな。

 さすがにそれはムリだぞ。


「マイさんのこと、なんで呼び捨てにしたんですか?」

「え!?」


 ぜんぜん違った!

 だが、しかし、これは!!


「いつもはマイちゃんて呼んでましたよね」


 ぬお! しまった!!

 あれから、マイのことは呼び捨てにするようになっていた。

 もちろん、二人きりのときだけだ。

 だが、つい油断して呼び捨てにしてしまっていた。


「なんかこないだ出かけたときから、おかしいなーなんて思っていたんですよ」


 グ、まさかここまでショーグンの学習機能が進んでいたとは。

 不覚!

 そういや恋愛ドラマたくさん見てたな。

 不覚&不覚!


「なるほど、これはアレですね。交配の準備段階に、いよいよ突入したってことですね」


 やめろ。まだそういうんじゃねえから。

 それと、あと、交配って言うな。

 俺たちゃ苗じゃねえんだよ。


「こうしちゃいられません。さっそくベッドを作りませんと」


 そう言うとショーグンは秘密基地へと駆けていった。


「おい! ショーグン!!」


 まさかベッドって秘密基地に作る気か?

 あんな、ほら穴に?

 やだよ。たとえ、そうなったとしても、そんなところでやらねえよ。


 やれやれ、先が思いやられるなあ。

 ふう、とため息をつく。

 その後、案の定というか、すぐにショーグンは戻ってきた。


「すみません、大事なことを忘れていまして」

「イモだろ?」


「はい」

「だと思ったよ。じゃ、改めて焼き芋パーティ―といくか」


 パチパチと火がはぜる音とともに、ケムリが秋の空をのぼっていくのであった。

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