第22話 やる気になったショーグン

 作物は順調に育っていった。

 畑はモッサモッサと緑のジャングルである。

 とはいえ、商品として適した育ち方かどうかは、また別だったりする。


 まず、トマトとスイカのハイブリッド苗。

 フツ―にトマトの形をした茎と葉っぱが伸びている。

 マジ匂いもトマト。触れると、すぐ手が緑になるところもおんなじだ。

 

「これ、混ぜる意味があったか?」


 苗は生長し、花がポツポツとつきだしてきた。

 その形はスイカの花そのもの。

 これ、たぶん実るのはスイカだな。

 単価としてはスイカの方が高いからこれでいいのだが、組み合わせとして別にトマトである必要はまったく感じられない。


「病害虫には強いかもしれないが……」


 いちおうスイカよりトマトの方が病害虫に強い……はず。植物としての生命力もだ。

 でも、トマトだってけっこう病気にかかるしなあ。

 それに接ぎ木苗ってのがある。土台に病気に強い植物を選んで、その上に育てたい作物をくっつけるやり方だ。

 イメージとしては人魚みたいなもんかな。

 下半身が魚で上半身が人間。


 ――いや、人魚で考えると、ちょっと気持ち悪いな。

 接ぎ木というだけあって、一度切って断面をくっつけるわけだから。


 まあいいや。

 とにかくスイカだと、よくカボチャに接ぎ木される。

 根や茎の土台部分がカボチャで、茎の途中からスイカになるわけだ。

 そういうやつがすでにたくさん販売されているのだ。


 トマトと混ぜるぐらいだったら、もうそれでいいよね?

 長年研究されて品種改良されてきた作物は、改良の余地が少ないなと思う。

 だからこその雑草との掛け合せだ。

 もうすでに植えているラディッシュベースの作物と、雑草ベースのわんぱく栽培に期待していこう。


 緑に茂った畑を見る。

 向かって左がラディッシュゾーン。

 トマト、ナス、ピーマン、スイカ、カボチャ、じゃがいも、ニンジン、ダイコン、トウモロコシをそれぞれかけ合わせた。

 わかりやすいように一列ずつのウネ管理である。


 そして、右側は雑草ゾーン。カラスノエンドウか、つゆくさと組み合わせた。

 種類はラディッシュどうようトマト、ナス、ピーマン、スイカ、カボチャ、じゃがいも、ニンジン、ダイコン、トウモロコシである。

 

 なんやかんやけっこうな数になった。

 ウネを作るのが超大変だったのである。


 しかし!

 なんと幸運なことに、納屋にたたずむ一台の耕運機を発見したのだ。

 こいつがあったから、ジャンジャカ、ウネをつくっていけたのである。


 そういや爺ちゃんが昔使っていたなあ。

 なぜか途中から使わなくなり、えっちらおっちらクワで耕していたから忘れていたけど。


「ありがとう、じいちゃん」

「なにブツブツ言ってるんですか?」


 思いだしていたら、誰かに話しかけられた。

 この声は。

 振り返ってみると、やはりショーグンがいた。


「また、おまえか」

「またとか言わないでくださいよ。頻繁ひんぱんに遠くを見てブツブツ言っていたら心配になるじゃないですか」


 やめろ。

 前回といい、俺を危ないヤツ扱いするんじゃねえよ。


「考え事してたんだよ。頭カラッポのお前と違って、こっちはイロイロと考えることがあるんだよ」

「ヒドイこと言わないでくださいよ。わたしだって日々みなさんのお役に立とうと、たくさん考えてますよ」


 まあ、それは事実だ。

 ショーグンはショーグンなりに何かしようと考えているのは知っている。


「完全に空回りだけどな」

「そんなことないですよ」


 なぜか否定してくるショーグン。おまえ、そうやってすぐ言い切るけど、その根拠はどこにあるんだ?


「い~や、空回りだね。このウネを作ったときだってさあ……」


――◆◆◆――


「うわ、ぜんぜん進まねえ」


 えいほえいほとクワで耕しているものの、ウネを一本つくるだけでムチャクチャ時間がかかっている。

 とにかく進まない。

 畑として使っていなかった場所は、土も固いし雑草や木の根もあって、ぜんぜん耕せないのだ。


「クワをはじき返しやがる」


 しばらく耕されなかった地面は、雨やらなんやらでカッチカッチになるものだ。

 それでも、石がないだけマシなんだけどさ。


「痛!」


 手のマメが潰れてしまった。

 柄を握るとヒリヒリして、スッゲー痛い。


「調子に乗ってたくさん品種改良させすぎた。全種類植えるだけのウネなんて絶対ムリだぞ」


 一日中耕しても、五分の一も進まないんじゃないか?

 これじゃあ、いつまでたっても種まきなんてできやしない。


 じいちゃん、よく一人でやってたなあ。

 歳をとるにつれ畑は縮小していったけど、昔はけっこうな量の作物を育てていたんだよなあ。


 クソ、こういうときこそメカの使いどころなのに。

 我が家にいるメカは、メシを食ってテレビを見るだけの産業廃棄物だからな。


「いや、待てよ……」


 と脳裏に浮かんだ過去の記憶。

 じいちゃんが耕運機で畑を耕す一場面だ。


 妄想? いや、あれは実際にあった出来事だ。

 あるとしたら納屋か。

 中に入って物色する。

 すると、汚い布をかぶせられた一台の耕運機を発見した。




「いえ~い!」


 耕運機はガソリンを入れたらちゃんと動いた。

 ものすごい勢いで畑にウネが作られていく。

 掘って耕し、ミゾまで切ってくれる。文明の利器りきとは、なんと素晴らしいものなのだろう。


「なにやってるんですか?」

 

 耕運機をブインブイン言わせてたら、ショーグンに話しかけられた。

 なんでコイツこういう時になって初めて出てくるんだろうな。


「見たら分かんだろ。ウネを作ってるんだよ」


 地獄だった作業がやっと楽しくなってきたんだ。ジャマすんじゃねえよ。


「へ~、面白そうですね。わたしにもやらせてくださいよ」


 コイツ、やっぱりクワを使っているときは隠れていやがったな。

 耕運機が面白そうだと思って、姿を見せやがったんだ。


 なんてセコいヤツだ。

 肉体労働はイヤだってか? おまえは貴族に飼われたワンちゃんかよ。


「ムリムリ。お前が真っすぐ操作できるとは思えんね」


 ウネがグニャグニャになるのは御免だね。

 せっかく綺麗に区分けしようとしてるのに、肝心のウネが曲がってちゃあ台無しだよ。


「そんなことないですよ! 真っすぐ操作できますよ!」


 謎の自信である。

 その根拠のない自信はどっからやってくるんだよ。


「じゃあ、やってみろ!」


 ショーグンに耕運機をあずける。


 ぶい~ん。

 思った通り、グニャリとカーブしたウネができあがった。


「ほれ見ろ! 曲がってるじゃねえか!!」


 ショーグンが作ったウネを指さして言った。


「そんなことないですよ、ちゃんと直線ですよ! メルカトル図法だとそう見えるだけですよ!!」


 メルカトル図法!

 懐かしいな。たしか平面なら曲がっているように見えても、地球儀で見たらちゃんと最短距離。真っすぐだってやつか。

 まったく、どこでそんな言い訳覚えてくるんだよ。


「くだらねえ言い訳すんな。こんな短い距離で差が出るワケねえだろうが」


 あれは飛行機レベルの話だ。

 こんな小さな畑でメルカトル図法もクソもあるか。


「とっとと代われ」


 ショーグンに歩み寄る。


「待ってください。もう少しで何かが掴めそうなんです」


 ところがショーグンは代わるもんかとネバってくる。

 しかも、なんかスポーツ漫画みたいなことを言っている。


 言い訳したやつがカッコよく言うんじゃねえよ。

 まずはちゃんと失敗を受け入れるところから始めろよ。


「まあいい。わかった、もう少しだけな」


 とはいえ、せっかくやる気になっているワケだしな。

 ここはショーグンにやらせてみるか。


 こうしてしばらく観察していると、ショーグンの作ったウネは徐々に真っすぐになっていった。

 ほう。どうやら、ほんとうに少しずつコツを掴んでいるようだ。


 何事も経験だなあ。

 メカがコツを掴むっておかしい気がしないでもないが。

 リアルタイムで瞬時に補正するのがメカの強みだと思うんだけどな……。


「ミノル~、マイちゃんから電話だよー」


 遠くで母の声が聞こえた。

 見れば、家の勝手口から身を乗り出して、大きく手を振る母の姿がある。


 電話?

 家の固定電話に?

 なんで?

 ポケットからスマホを取り出した。

 すると、マイちゃんからの着信履歴が三つもあった。


 あー、しまった。

 耕運機の音と振動で分からなかったんだ。


「わかった、すぐ行く」


 走って家に帰ると、電話の受話器を耳に当てるのだった。




「じゃーね、ミノルくん」

「うん、また」


 受話器を置くと時計を見た。

 電話を始めて、けっこう時間がたっていた。


 楽しくて、つい長話をしてしまった。

 ショーグンは大丈夫か?

 家の勝手口から出て、畑を見る。


「あれ?」


 ショーグンの姿がない。

 ウネがすべて完成した様子もない。


「あいつどこ行った?」


 ショーグンだけでなく、耕運機もない。

 残されたのは、ショーグンが作った八本のウネだ。


「やけに真っすぐだな」


 たぶん、最後に作ったであろう八本目のウネは、ほぼ完ぺきと言っていいぐらい真っすぐであった。

 やるなあ。

 ――だが、しかし。

 その最後のウネは、なぜか畑を飛びだして、はるか先まで続いているのだった。


「どういうことだ?」


 たぶん、この先にショーグンはいるはず。

 でも、なんでこんな長いウネを作ってるんだ?


 意味が分からないまま、うねに沿って歩く。

 すると、交差する一本のミゾへと突き当たった。


 まさか……。

 ミゾを覗き込む。

 やっぱりいた。スポンとキレイにミゾに挟まった、ショーグンと耕運機を発見した。


「オマエ、なにやってんだ?」


 このミゾはたしか、以前もショーグンが挟まっていたよな。

 泣いて走り去ったときのやつ。

 またかよ。ほんとうに成長しないメカだな。


「え? 旦那さまですか?」


 ピッタリ挟まりすぎて振り向けないショーグンは、うつ伏せのまま聞き返してきた。


「そうだよ。オマエが長~く耕したウネを辿たどって来たんだよ」


 前回と違って見つけるのは簡単だった。

 これ以上にない目印を残していったのだから。


「助けてください。挟まって動けないんです」


 頭から手足が生えているショーグンは、その構造上、横から頭を抑えられると身動きが取れないようだ。

 足はいちおう自由なんだけど、脱出するほど器用な動きも力もないみたい。


 とはいえ、なんとかしようとした形跡はある。

 ミゾに沿って足がビロ~ンと伸びていたからだ。


 笑う。脱出しようと足を伸ばしても、ただミゾに沿って伸びていくだけっていうね。


「もしかして笑ってます?」


 おっと、ニヤニヤしているのがバレたみたいだ。

 ショーグンは疑いの言葉を投げかけてきた。


「笑ってねえよ。で、どうしてこうなった?」

「それがですね、耕運機を操作していたら急にミゾが現れまして」


 ミゾからしてみたら急に現れたのはオマエだけどな。


「ミゾに突っ込んだのは見りゃあわかるよ。俺が聞いてるのはなんで畑を飛び出してウネを作り続けてるかってことだよ」

「いや、それがあの……真っすぐ出来たのを見て欲しくて……」


 ああ、そういうこと。

 真っすぐなウネが出来たことが嬉しくて、そのままひたすら突き進んでしまったと。

 ちゃんと出来るってことを証明したかったんだな。


「てっきりナスカの地上絵でも作ってるのかと思ったよ」

「そんなわけないじゃないですか! その話はもういいから早く助けてくださいよ!!」


 地面に描く大きな線といえば、ナスカの地上絵を思い出す。

 どうせやるなら、そこまでいけば面白かったのに。

 まあ、ショーグンにそこまで望むのは欲しがりすぎだけど。


「わかった、待ってろ。いま耕運機を引き上げているところだから」


 うんしょ、うんしょと耕運機をミゾから引き上げようとする。

 くっそ重い。

 これ、人力だとムリじゃねえか?


「ええ! そんな機械なんて後にしてこっちを先に助けてくださいよ!!」


 ショーグンの抗議だ。

 いや、お前も機械なんだが。

 しかも、耕運機の方が何倍も役に立つんだが。


「しょーがねえなあ」


 引っかかってさえいなければ、ショーグンは自力で脱出できるしな。

 助けた後二人で耕運機を引っ張り上げた方がよさそうだ。

 近くにあった木の棒で、ショーグンの横の土をガリガリっと崩していくのであった。

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