第16話 持ち主とは一体

「母さん、今日の晩飯ショーグンはいらないからね」


 台所で夕飯の支度をしている母に話しかけた。


「え? そうなのかい?」


 肉の塊をペッタンコペッタンコしながら母は、驚いたふうに言う。


「せっかくハンバーグにしようと思ってタネを作ってたんだけどねえ」

「ああ、ごめん。食欲がないんだってさ」


 俺の横にチョコンと立っているショーグンは、ものすごく悲しそうな顔をしている。

 そんな彼のかわりに、俺が母との会話を進めていくのだ。


「食欲がないってどうしたんだい? ハンバーグは好物だったろ?」

「そうなんだよ。せっかくの好物なのに残念だよね」


 ショーグンには、なぜか味覚がある。

 メカのくせに、あれが好き、これが好きとかぬかしやがるのだ。

 ただ、苦手なものはないみたいだ。もしかしたらあるかも知れないけど、いまのところ遭遇していない。


「まさか、風邪かい?」

「さすがにそれはないよ」


 メカが風邪ひくかいな。

 あるとしたらコンピューターウィルスだろうが、それもオフラインのショーグンには関係ない。


「じゃあ失恋?」

「んなバカな」


 失恋って、どんなメカだよ。

 とはいえ、コイツならあっても不思議ではないのが、なんともはや。


「お医者さんにみてもらった方がいいかねぇ」

「こんなの連れてこられても、医者は困るんじゃない?」


 百歩ゆずって電気屋だけどな。

 たぶん、一番参考になるのは『犬のしつけ本』とかだろう。


「そう言えば、ちょっと顔色が悪いかねぇ」

「いや、常に同じ色だよ」


 それは錯覚だ。

 表情はコロコロ変わるが、発色はいつも同じ。

 たとえ変わったとしても、自分の意思だから。


「母さん、本気で言ってる?」


 さすがに聞き返した。母は天然だが、これはヒドいんじゃないか?


「半分本気」


 半分もかよ!

 どこまでが本気だ?

 さすがに医者のくだりは違うよな。

 そこまでガチなら、ちょっと心配なんだが。


「で、ショーグンちゃんはどうしちゃったんだい? 本当に食べられないワケじゃないんだろ?」

「まあね」


 母はあらためて尋ねてくる。

 よかった。ちゃんと理解してくれていたようだ。

 天然の母だが、こういうことはやけに鋭い。


「バナナを勝手に食っちまったんだよ」

「バナナ?」


「初収獲のバナナだよ。畑を手伝ってくれたみんなで食べようとしたやつを全部」

「あー」


 どうやら母はすべてを理解したようだ。

 ショーグンの目の前まで近づくと、しゃがんで目線を合わせた。


「それはしょうがないね。あんたが悪いよ」

「……」


 ショーグンは言葉を発さず、ただただ、悲しそうな表情をうかべている。


「ハンバーグはおあずけだね。今日は匂いだけで我慢しな」

「……」


 ショーグンは涙を流している。

 ただし、顔文字で。


 ほんとコイツ芸が細かいよな。

 かゆいところに手が届くというか、思いがけない方向から攻めてくるというか。


 ちなみに、ショーグンには俺がいいと言うまで喋るなと指示してある。

 いちおう反省しているのだろう。いまのところちゃんと守って、まだ言葉を発していない。


「一個ムダになっちゃうねえ。そうだ、ミノル。マイちゃん誘ってみたら? なにはともあれ、初収獲なんだから」

「あ、うん」


 なるほど。たとえ現物はなくとも、お祝いはできる。

 お互いをねぎらうのも悪くない。

 学校終わりにマイちゃんはよく畑を手伝ってくれた。

 そのお礼もまだ出来ていないしな。


「ミノル、マイちゃんの電話番号は?」

「知らない。自宅のだけ」


 マイちゃんもスマホを持っているはずだけど、番号聞くのってなにげに難易度高いよな。


「ちゃんと聞いときなよ。そういうのは男の方から聞くのが礼儀ってもんだよ」

「え? そうなの?」


 本当は教えたくなかったって後から言われたらと思うと、怖くて聞けないんだが。


「まったく、何やってんだい。あんな美人、そうそうアンタの前に現れないよ」


 いや、それはそうなんだけど、歳の差がね。


「相手が余計な知恵をつける前に自分をアピールしとくんだよ。あれぐらいの時期は変に大人にあこがれたりするもんさ」


 おおぅ、まさか母から恋愛指南を受けることになるとは。


「今しかないんだよ。アンタみたいなのがモテる条件がそろうなんてことは滅多にないんだから」


 なにげに母はヒドイことを言っている。

 とはいえ、正論ではある。


 どうやら母は俺とマイちゃんをくっつけようとしているみたいだ。

 いや、うすうす感じてはいたんだけどね。


「ショーグン、あんた呼びに行ってきなよ」

「え?」

 

 とつぜんの母のフリ。

 ショーグンも思わず返事をしてしまっていた。


「許してもらうチャンスだよ。人だって機械だって、チャンスは逃さず掴むもんだよ」

「そう言われましても……。私は持ち主以外の命令は聞けないんですよ」


「連れてきたらハンバーグ食べていいから」

「行きます!!」


 ショーグンは一瞬で決断した。


 コンプライアンス!!

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