第15話 初収獲

 ポットに入った苗を畑に植え替えていく。

 トマトとスイカのハイブリッド種だ。


 今のところ見た目はトマトの苗と変わりがない。

 生長速度も、そこまで早いと感じない。やはり早く育つのは、ラディッシュが関係している可能性が高そうだ。

 となると、ラディッシュをベースに、いろいろ試していくのがいいだろう。


 ――とは言っても、もう始めたトマトとスイカのハイブリッドはちゃんと育てていこうと思う。

 命はなるべくムダにしたくない。


「でも、けっこう大変だな」


 かがんでの仕事は腰にくる。

 あまりムリし過ぎないように、休みながらやっていこう。


「ふう。しんどいけど楽しいな」


 ノルマがないのが個人事業主のいいところだ。

 自分のペースでやっていける。

 そして何より自分のやりたいことなのが大きい。

 体は疲れても心が疲れにくいのだ。


「まあ、それも生活ができることが大前提だけど」


 生きていくのに必要な分は絶対稼がなければならない。

 それをクリアしたうえでのノルマのない自由なのだ。

 もし、どれだけ働いてもそれをクリアできないのなら、仕事を辞めることも考えなければならない。

 そこがサラリーマンと違うところだな。


「さっきから、何ブツブツ言ってるんですか?」


 背後から語りかけてきたのはショーグンだ。いつの間にやら忍び寄っていたようだ。


「おまえに言われたくねえよ」


 いっつも独り言いってるクセに。

 それもガチ会話のボリュームで。

 それに比べれば、俺なんてカワイイもんだよ。


「いえ、もしかして電波を受信してらっしゃるのかなあと思いまして」


 してねえよ!

 人をヤベエやつみたいに言うんじゃねえよ!!


「おまえこそ、変な電波を送信してんじゃねえのか?」


 実はコイツを通して宇宙人が俺たちを観察していたなんて可能性がないとも限らない。


「しているワケないじゃないですか。こないだも申し上げた通り、通信や録画をする機能は私にはついてないんですよ」


 クッ、いやなことを。

 録画は、こないだマイちゃんとフロに入ると聞いて思わず聞いてしまったやつだ。

「あるわけないじゃないですか」とかサラっと答えやがってからに。


 その後、ショーグンはマイちゃんの家にお呼ばれしていった。

 帰ってきたら、ずいぶんとキレイになってやがった。

 しかも、ほのかに女子シャンプーの香りを漂わせて。

 シャンプーなんてどこに使ったんだよ。髪なんてねえじゃねえか。


 おまけに俺が「どうだった?」って尋ねたら、「守秘義務があるんですよ」とか、ぬかしやがる。

 いやいや、持ち主は俺だからね。お前が守る秘密は俺のだけだからね。


 まったく。本当に変なロボだよな。

 しまいにはコイツ「わたしは誰のものでもありません」とか言いそうなんだよな。

 まるでSF。ロボットの反乱第一号だよ。

 ただ、ポンコツすぎて、その後に誰もついてこないだろうけど。


 というか、そもそもショーグンは機械に対する仲間意識とか、たぶんないんだろうな。

「え? わたしこそが人間ですよ!?」とか平気で言いそうな感じだ。


「苗、ここに置いておきますね」

「サンキュー」


 ショーグンはそう言うと、俺のそばに苗を置いた。

 こうやって、なんやかんやと手伝ってくれる。

 ただ、ショーグンがやるのは簡単な作業ばかりで、力仕事はぜんぶ俺だ。

 メカの利点がまったく感じられない。

 なんだろうな? 品種改良ふくめ助かるんだけど、なんかモヤモヤするっていうか。


「でも、安心しました。バナナがちゃんと育ってくれて」


 ショーグンは周囲を見渡して言った。


「だな」


 植えたバナナは、もうすぐ収穫期をむかえそうだ。

 今はやっとひとふさ、黄色く色づいたところだ。

 苗の植え替えが終わったら、そのひとふさを収穫してみんなで食べたいと思う。

 俺とショーグン、母とマイちゃん。四人で食べれば、いい記念になるだろう。


「楽しみですよね。販売」

「そうだな」


 まず売るのは道の駅と決めている。場所はいろいろ考えられるけど、ひとまずはそこだ。

 なんたってじいちゃんも売っていたからな。

 そしてなにより、道の駅は母が働いている場所だ。

 販売許可もスムーズに下りた。


「売れるかな?」


 苗をウネに植えながら、つぶやく。


「売れますよ」


 ショーグンの返事だ。

 ありがたいな。根拠はなくても、その一言で勇気づけられる。


「だって、こんなに美味しいんですから」


 さらにショーグンの言葉。

 そうだな。美味しいけりゃ売れ……。

 ――ん?


「絶品ですよ。硬さといい、甘さといい」


 ちらりと目をむけると、ショーグンはモッシャモッシャとバナナを食べていた。

 ――おまえ、まさか!

 あわててバナナの木を見る。


「無え!!!」


 黄色く色づいたひとふさのバナナは、キレイさっぱりなくなっていたのだった。

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