第13話 バナナは木ではない
「あ~、すごい。もうバナナ生えてる」
今日は日曜日。朝からマイちゃんが家に遊びに来ている。
いまは畑を見ながら色々とお喋りをしているところだ。
「そうなんだよ。生え方は変なんだけど、生長がすごく早いんだ」
「ほんと、おかしな生え方してるよね~。まさか土からバナナが生えてくるなんて」
ほんとうにまさかだ。
これまでの概念を覆す育ち方である。
嬉しい反面、めちゃくちゃ不気味だ。
一直線に耕したウネからダイレクトにバナナが生える様は、なんとも表現しがたいものがある。
芽がでたばかりのころは、「アンタ何でバナナを土に刺してるんだい?」って母に聞かれたぐらいだしな。
「これなんか、もう私より背が高くなってるもん」
マイちゃんは一本のバナナの木を見上げるように言った。
「まさに木って感じだよね~。木がこんなに早く伸びるなんて、けっこう衝撃なんだけど」
たしかに衝撃だ。
また、他にもけっこう衝撃なことがあった。
バナナについてネットでいろいろ調べていて知ったことだ。
「バナナって草の仲間らしいよ。木じゃないんだって」
「え! ほんとう?」
本当らしい。バナナは草の仲間なんだって。
だから木と比べて、生長はずっとずっと早くなる。それにしても早すぎだけど。
また、木ではなく草なので、その
子供のころよく言われていた、バナナはおやつに入りますか? ってやつに終止符が打たれたわけだ。
この、バナナおやつ戦争。おやつは200円までとか値段を決められていたときの定番の質問だが、答えは入りません。なぜなら、おかずだからです。って話だ。
「うん、ほんとう。草だけあって、幹は柔らかくて水分をけっこう含んでいるんだって」
「へ~」
サバイバルでは若いバナナの幹をカジって喉をうるおすのだとか。
どんな味がするんだろ? ほんのりバナナ味なんだろうか?
「ねえ、ミノルくん」
「ん? どした?」
不意にマイちゃんが問いかけてきた。
なにか聞きたいことがあるんだろう。まあ、予想はつくが。
「ショーグンちゃんどうしちゃったの? なんか元気がないじゃん」
そうなのだ。いつも騒がしいショーグンだが、今は喋りもせず少し離れたところでジッとしている。
そりゃあ、気になるよな。
「それがな、アイツ作物を植えたんだよ」
「うん」
「それも変わった種類をかけ合わせてな。ドリアンと納豆の組み合わせだよ」
「え! ドリアンと納豆? なんでそんなものを……」
「だろ? 謎のチョイスでさ、俺はやめとけって言ったんだけど、本人がどうしてもって言うからさ」
「へ~、そうなんだ。それでどうなったの?」
「腐った」
そう。腐ったの。苗の段階で。
「ふはっ!」
マイちゃんは噴き出していた。
そりゃ、笑うよな。俺だって、見た瞬間笑ったもん。
「ドリアンと納豆なんて、臭くなるか糸引くかしかないじゃん。でも、想像をさらに超えてきたんだよね。実をつける前にもう臭かったんだよ。すでに腐ってたの」
「ふふっ!」
たぶん、納豆の発酵を受け継いじゃったんだろうね。
腐ったまま生長して、そのまま朽ちていったワケ。
「で、それ見て俺笑っちゃったんだけど、余計にショーグンが落ち込んじゃって」
「あははははは」
笑いをこらえていたマイちゃんだったが、ついにはこらえきれず大声で笑いだしてしまった。
「ヒドイ、ヒドイです!」
ここでショーグンが抗議の声をあげた。
そんなこと言ってもしょうがない。笑うなって方がムリだ。
ショーグンは沢山タネを蒔いてたけど、みんな同じように枯れていったからな。
そうなる運命を背負わされた植物たち。
それを見たショーグンの顔がまた……。
「しかもさ、コイツそれをドライフラワーにするとか言い出すんだよ」
「あはは!!」
せめてもの記念にとかなんとか。
「とうぜん母は怒るじゃん。そんな臭いもの持って入るなって」
「んふふふ」
「そりゃそうだよ。半永久的に臭いじゃん。そんなの」
「ははははは」
「で、コイツ自分にはもう味方が誰もいないんだって言いだして」
「お腹いたい……」
思いだしたら俺も笑いがぶり返してきた。
「わあああああん!!!!」
ショーグンは泣き出してしまった。
そして、どこかに向かって走っていく。
「あ、ショーグンちゃん!!」
マイちゃんが呼びとめるも、ショーグンは振り返ることなく去っていった。
「ミノルくん、追わないと」
「大丈夫。どうせドラマの再放送までには帰ってくるから」
幸い、もうすぐ田岡敬のドラマがある。
そのへんをグルっと一周して、テレビの前に着席するハズだ。
「そっか。じゃあ大丈夫だね」
「うん」
なんだろうね、この謎の安心感。
変なところで信頼がある。
「ねえ、ミノルくん」
マイちゃんがあらたまって呼びかけてきた。
今度はなんだろ?
ちょっと予想がつかないが。
「どうしたの?」
「また遊びに来ていい?」
まさかの質問に驚いた。
いいに決まっている。
それにもう何度も遊びに来ているじゃないか。
なんだっていまさらそんなことを聞くんだろう。
「もちろん、いいよ」
「でも、邪魔にならない?」
あんがい気にしていたのかな?
邪魔なんて思ったこともないし、思うはずもない。
「ならない、ならない。いつでも来てくれていいよ」
「本当? やった!」
なんていうのか、ショーグンのおかげでマイちゃんとの距離がグッと近づいた気がする。
壁をなくしてくれたというか。
思えば最初からそうだったな。
ポンコツ、ポンコツ言って悪かった。
品種改良だけでなく、なんやかんやとみんなの心を癒してくれてるもんな。
心の中でショーグンに感謝する俺なのだった。
――ところが。
それからしばらく。
ショーグンは帰ってこなかった。
心配してみんなで探したら、ミゾに
「なんでもっと早く助けに来てくれないんですか!」
そう悪態をついていたので、とりあえず頭をひっぱたいておいた。
※ 生長 植物が育つこと。
成長 植物以外が育つこと。
最近ではどちらも成長と表現することが多い。
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