第9話 こらしめる

 さらに数日が経った。

 今日は待望の日曜日。

 ピポパポピっと電話をかける。


「辞めます」


 相手が電話をとった瞬間に要件を伝えた。

 あいさつなんてものは、まったく不要なのだ。


「はあ? お前なに言って――」


 スマホの通話停止をポチっと押した。

 相手はまだ喋っていたが、なんの問題もない。

 なぜなら、電話の相手は会社の上司だからだ。こんなブラックな会社など、今日限りで辞めてやるのだ。


「経年劣化の範囲内ですね~、まったく問題はなさそうです」

「そうですか、ありがとうございます」


 上司を着信拒否設定にすると、目の前のスーツの男に返事をした。

 彼は不動産屋だ。引っ越し作業もすでに終わり、賃貸物件退去時の原状回復について確認してもらっているのだ。


「敷金はのちほど振り込まれます」

「ありがとうございます」


 敷金は退去時の修繕費用に充てられる。

 使用者に過失がないと認められれば、敷金は返ってくるのだ。


「引っ越しも終わったし、とっとと田舎に帰るか」


 ブラック企業の恐ろしいところは、辞めると言うと上司が家までオドしにくることだ。

 本物のブラックとは、そう簡単に辞められないのだ。

 だから退職より先に引っ越しをする。

 上司が家に来た時には、もぬけの殻というワケだ。


「じゃあな。トイレの排水がよく詰まったけど、まあまあ快適だったよ」


 荷物がなくなってガランとした部屋に語りかけると、車に乗りこんだ。



――――――



「ミノル、お帰り」

「うん、ただいま」


 実家へ帰ってきた。

 母が出迎えてくれる。


「アイツは?」

「居間でテレビ見てるよ」


 ナヌ?

 ご主人様が帰宅したというのに、出迎えもせずテレビを見てるだと。

 調子に乗りやがって。

 ドスドスドスと廊下を歩くと居間の障子を開けた。


「ハハハハハ」


 品種改良BOXが寝転がってテレビを見ていた。

 なんてヤロウだ。もう我が物顔で家を占拠してやがる。


 こいつはもしかして侵略ロボか?

 こうやって人の家を乗っ取っていく宇宙人の兵器だったのか?

 許せん!


 ツカツカツカと歩み寄ると、品種改良BOXの背中の模様に触れた。

 起動を表す緑が、急速に赤く変化していく。


「え? ちょちょっと」


 品種改良BOXはゴロゴロゴロっと転がって、俺から逃げていく。

 やはりあそこが弱点か。

 たぶん、あの模様が全部赤になったらシャットダウンするんだろう。


「やめてください! なにするんですか!!」


 背中を壁にピタリとつけて、抗議する品種改良BOX。

 確定だな。

 正真正銘あそこが弱点だ。


「決まってるだろ。シャットダウンするんだよ。言うことを聞かないメカは焼却処分だ」


 もちろん、脅しだ。

 本当に焼いてしまえば、俺の計画がパアになる。


「そ、そんな、ご無体むたいな!」


 これまた古い言い回しだな。

 そういや母が電話で言っていたな。

 コイツよく時代劇を見てるって。どこに笑うポイントがあるかわからないが、キャッキャキャッキャと笑い声をあげてるんだと。

 知識に貪欲なのか、ただのグウタラか。

 いずれにしても、お灸をすえねばなるまい。


「電源を切って、焼いてプレスだ。そして、人里離れた山の斜面にお前を埋める」

「そ、そんな!」


 電光掲示板のような品種改良BOXの顔は、

 (´;ω;`)こんな表情になる。

 思わず笑ってしまいそうになるが、舌を噛んでガマンした。


「ムダな抵抗はやめろ。観念して自分の運命を受け入れるんだ」

「待ってください。やっと自由になれたんです。もう暗い所に閉じこめられるのはイヤなんです」


 ランプの魔人みたいなことを言っている。

 単なる売れ残りのクセに。

 買い手が現れず、ずっと倉庫に眠っていたんじゃねえの?

 あるいは返品か。

 そりゃあ、こんな欠陥商品リコールされるに決まっているさ。


「じゃあ言うことを聞け」

「聞いてます、聞いてます。ずっと聞いてますよ」

 

 品種改良BOXは必死に弁明べんめいしている。


「うそつけ! 東京に来いっつたのに来なかったじゃないか」

「乗り物に酔っちゃうんです! 本当にムリなんです! その代わり他のことはちゃんと聞いてますよ」


 ……言われてみれば確かにそうか。東京に帰る以外の命令を聞かなかったことはなかったか。

 まあ、命令じたいまったくしてないんだけど。


 てことは、マジで車は駄目なのか?

 それ以外ならちゃんと聞くのか?

 でも、お前UFOに積まれて来たんだよな。

 おかしくねえか?

 などと考えていると、母が割って入ってきた。


「ミノル。そのぐらいにしてやんなよ。その子ちゃんと手伝ってくれたよ。食べた食器も洗い場まで持ってきてくれるし」


 あー、母の言うことはちゃんと聞いてるのか。

 食器を下げるって、ちょっとハードルが低い気がしなくもないが。


 そういえばマイちゃんにも言っていたな。

 俺以外の命令は聞けないけど、お願いなら聞けるって。

 案外、頼みごとを断れないタイプか?

 というか、それだと俺の命令だけを聞くってのが、全く機能してないんだが……。


 まあいいか。

 べつにコキ使おうってんじゃない。

 品種改良さえちゃんとやってくれればいいんだ。

 それ以外は自由に過ごしてもらえばいい。

 よし! 決めた!


「母さん。電話でも言ったけど、俺、農業やろうと思ってる」

「うん」


「だからじいちゃんの土地と畑、俺が相続するよ。いい?」

「もちろん」


「ミノルファームの立ち上げだ! 従業員一号は品種改良BOX、お前だ!」


 俺がそう言って指さすと、品種改良BOXは

 ( ゜Д゜)こんな顔をしていた。

 どうやら驚いているようだ。

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