第8話 品種改良BOXの本当の力

「ハア、また今日から仕事か」


 無事東京のアパートに到着し、気づけばもう次の日の朝になっていた。

 スマホで動画を見ているうちに寝落ちしてしまったのだ。

 さいわい寝坊はしなかったから、余裕をもって身支度みじたくをととのえることができた。

 ――しかし、行きたくない。

 一度実家で過ごしてしまうと、特にそう思う。

 ……なんか別の仕事ねえかなぁ。


 チラリと窓際に目をやった。

 土だけ入った鉢植えがある。

 昨日ここにタネを植えたんだっけ。

 品種改良BOXが出したタネだ。

 昨日帰り際に、ちょっとしたやり取りがあって、数個のタネをもらったのだ。


――◆◆◆――


「なにこれ?」

「ヤサイのタネですね」


 品種改良BOXが差し出した手というか板の上に、ゴマ粒みたいなものが数個乗っていた。

 確かにタネと言われればタネに見えなくもない。


「なぜ、いまこれを?」

「わたしもそこまで恥知らずじゃありません。一宿一飯の恩は感じてるんですよ」


 一宿一飯……。難しい言い回し知ってるな。

 一宿一飯は一晩泊めてもらって一食たべさせてもらうことだ。旅の途中などで世話になったとき使う。

 コイツ、アホのくせして妙に知識あるんだよな。データーとしてインプットされてるのか?

 ただ、そのデーターの取り出し方に致命的な欠陥があるみたいだ。

 そもそも、とうぶん居座いすわるつもりのクセに、なにゆえ一宿一飯なのか。


「で、このタネを俺にどうしろと?」

「差し上げますので自由に使ってください」


 ……お、おう。

 気持ちはありがたいが、タネなんてもらっても俺にはなんの意味もないが。

 どうせくれるなら、お金に変えられるものや、便利グッズみたいなものがいいんだが。


 ――いや、待て。

 仮にもコイツは宇宙人が残したロボットだ。

 これはもしや、宇宙人のスーパーテクノロジーがつまったスーパータネなのでは?

 確かめねば!


「どういうタネなんだ? これは?」

「さっき朝食でいただいた、ラディッシュとバナナを交配したものですね」


 ……え?

 スーパーテクノロジーどころか、地球原産?


「バナナとラディッシュを混ぜたの?」

「交配です」


 一緒だが。


「言い方はどうでもいいよ。おれが聞きたいのは、なんでその二つを混ぜたのかだよ」

「お忘れですか? 私の名前は品種改良BOXです」


 ドヤ顔である。

 いや、まったく答えになってないんだが。


「で、どうなんのこれ?」

「土に植えたら育ちます」


 でしょうね。だってタネだもん。

 俺が聞きたいのは品種改良してどうなるかだよ。


「どう育つの?」

「さあ?」


 ……え?


「さあ、ってお前が交配したんだろうが!」

「ふふふ、これが品種改良BOXの面白いところなんですよ。やってみるまでどうなるか分からない」


 あきれて言葉がでない。


「まあ、おそらくですが、ラディッシュっぽいバナナになるか、バナナっぽいラディッシュになるでしょう」


 期待した俺がバカだったよ。


――◆◆◆――


 とまあ、こんな感じでタネを受け取ったわけだ。

 せっかくなので、家にあった鉢植えにタネを撒いたんだ。


「ハア、行くのイヤだな」


 とにもかくにも、仕事にいかねばならない。

 これから馬車馬のごとく働かさせられるのだ。罵倒されながら。


「行ってきます」


 返事してくれる人などいないが、声をかけて家をでた。

 その足取りは、超重かった。




――――――――



 三日後。


「ナニコレ?」


 鉢植えを見たら、なにやら緑の茎みたいなものが生えていた。

 発芽した?

 しかし、茎の太さは鉛筆ぐらいある。

 葉っぱらしきものもないし、どう見ても芽っぽくない。


 誰かがイタズラで植えたって可能性はないだろう。

 だって、ここには俺しかいないから。

 これが交配した結果か?

 わからない。とりあえず、水だけあげて放置した。



 さらに三日後。


「おいおいおい。これバナナじゃねえか?」


 茎が生長するにつれ、なんか見たことある形になっていった。

 ちょっと湾曲した細長いフォルム。明らかにバナナじゃなかろうか。

 しかも出てきたのは一本だけじゃない。

 バナナのケツらしきものを上にして、数本ニョキニョキと生えているのだ。


 そしてさらに、その数本は下の方で茎でつながっていた。

 これは房だ。房ごと土から生えてきやがった。



 さらに三日後。


 バナナの房は三つになっていた。

 デカイ一本の茎を囲むように、バナナが房状に生える。

 バナナの大きさはウィンナー程度だが、この数になると大きさは相当のものだ。

 こんな小さな植木鉢で、なぜこれほどのデカイものが生えるのか。


 バナナはすでに窓枠にもたれかかっている。

 そうしないと、鉢ごと倒れてしまうのだ。

 恐ろしい。こんな生長をする植物が地球上に存在するとは思えない。



 そして、二週間後。

 タネを植えてちょうど二十日後だ。

 バナナは見事に黄色く熟していた。

 実に旨そうである。


 バナナ一本の大きさはペンライトぐらい。手のひらに収まるサイズだ。

 たぶん、鉢が小さいからこれ以上大きくならなかったんだろう。

 それでも数は百本ぐらいある。存在感がハンパない。

 こんなもん自立させるのは不可能なので、茎に縛り付けたヒモでカーテンレールから吊るしている。


 どうしよう、これ。食えんの?

 さすがに口に入れる勇気はない。


 だが、もし食べられたら凄いことだ。

 農業に革命がおこる。


 俺が思うに、ラディッシュの省エネかつ生長速度をバナナが引き継いだんだ。

 ラディッシュは日本語で二十日大根ともいう。その名の通り、二十日で収穫できるほどの速度で育つ。

 まあ、実際は一か月ほどかかるが、それぐらい生長が早い作物だ。


 これは本当に凄いことだ。

 育成に時間がかかる作物を短期間で大量に収穫できるだけじゃない。

 栽培期間が短いってことは、病気や害虫にやられる可能性が低いってことでもある。


 問題は安全性だな。

 どうやって確認するか……。



――――――



「上司さん。よかったらバナナ食べませんか?」


 パワハラ上司にバナナを差し入れする。


「先輩もどうぞ。実家から送ってきたんですよ。休みの穴埋めにはなりませんけど……」


 ムカつく先輩にも、もちろん食べてもらう。


 実験だ。

 こいつらに異常がなければ、食べても問題ないだろう。

 嫌いなヤツがたくさんいてよかったよ。

 こいつらなら、何の罪悪感もなく試せる。


 それからしばらく。


「上司さん、ご機嫌いかがですか?」

「あ? ムダ口叩いてないで営業の電話をかけ続けろよ」


 どうやら健康のようだ。


「先輩! バナナどうでした? お口に合いましたか?」

「おう! またもらってこいよ。小っちぇから電話しながら食いやすいんだよ」


 みんな口をそろえて旨い旨いと言っていた。

 何人かは皮をかずに食べていたそうだ。それでも、甘くてフルーティーなんだと。

 体調を崩したやつは、今のところいない。

 問題ないと考えていいだろう。


 ……これは売れる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る