第10話 将軍

 じいちゃんが手入れできなくなって、ちょっと固くなってしまった畑をクワで耕していく。

 えいほ、えいほ。


 じいちゃんほど上手くないけど、それなりのウネが完成した。

 地面からモコっと盛りあがったウネは、水はけもいいし土も固くなりにくいのだ。植物の根張りが良くなる。

 そこへタネをパラりんちょと撒いていく。

 品種改良BOXからもらったバナナとラディッシュのハイブリッド種だ。


 東京で鉢に植えたのは、わずか二粒。

 そのあまりを今、撒いたワケだ。


「お疲れさまです、旦那様。冷たい麦茶でもいかがですか?」


 首に巻いたタオルで汗を拭っていたら、品種改良BOXがコップを二杯持ってきた。

 コイツは手がたいらなので、お盆の上に乗せたように見える。

 なんか面白い。そして、便利だ。


 あれから品種改良BOXは、いろいろと俺の世話をしてくれるようになった。

 呼び名もマスターから旦那様になってるし。


 でも、なんで二杯?

 作業しているのは俺だけなのに。

 暑いから一杯じゃ足りないと思ったのだろうか?

 なんて思っていたら、品種改良BOXはそのうちの一杯をゴクゴクゴクと飲みだした。


 あ、お前が飲むのね。


「サンキュー」


 とはいえ、好意は好意だ。

 お礼を言ってコップを受け取る。

 そして、中の液体をグビリと流し込んだ。

 うまい。

 麦茶は良く冷えていて、ほてった体にしみわたっていく。


「旦那様はこれから農業をされるのですね」

「そうだよ」


 品種改良BOXと出来上がったばかりのウネを見て語る。

 ここはまだ立ち上げたばかりの小さい農場だけど、夢は詰まっている。


「脱サラってやつですね。よく決心しましたね」

「まあな」


 一大決心てやつだ。

 仕事はブラックだったけど、給料はとりあえず出てたもんな。

 それに引き換え、農業ってのはいくら頑張っても売れる作物が収穫できないことにはお金が入ってこない。

 すべてが自己責任なのだ。


 それにしても……。

 品種改良BOXの知識は若干古い気がする。

 最近脱サラって聞かないもんな。


「うまくいくといいですね」

「いってもらわなきゃ困る」


 会社の立ち上げには、じいいちゃんが俺に残してくれた遺産を使う予定だ。

 じいちゃんが再スタートを切れって背中を押してくれてると俺は思っている。

 じいちゃんのためにも成功させないとな。


 正直、俺は農業のシロウトだ。

 多少なりとも、じいちゃんの手伝いをしていたとはいえ、農家だと言えるほど実力もなければ自信もない。

 だが、勝算はある。

 あの品種改良の力は相当なものだ。

 収穫物そのものは変化させず、生長の特徴だけを変化させるなんてとんでもないことだ。

 農業の常識を根底からくつがえす革命だと思う。

 それを俺がひとりじめできるのだ。

 これで失敗しないわけがない。


「名前はともあれ、いい畑ですね」

「え、なに? ミノルファームってのが気に食わないの?」


 なんか品種改良BOXがディスってきた。

 なんだよ、名前はともあれって。

 ほんと、コイツはちょくちょく毒を吐いてくるんだよなあ。

 従順になったんじゃなかったのかよ。


「いえ、そんなことはありません。ただ――あ、自分の名前つけちゃうんだって」

「うるせえよ。とりあえずの名前だよ。正式名称じゃねえから」


 そこを指摘するのはやめてほしい。とてつもなく恥ずかしいから。

 あのときはテンションあがってたんだよ。


「どうぞお気になさらないでください。旦那様の畑ですし、ご自身の名前をつけるのも無理からぬことかと思います」


 気にさせておいて、この言い草!

 製作者は何を思ってコイツをこんな性格にしたのか。

 酔っぱらってたのか?

 シラフなら相当の変わり者だよな。それとも、宇宙人全体がこんな感じなのか?


「お前、ちょっと勘違いしてるけどミノルファームは畑の名前じゃねえぞ。会社名だよ。それも仮のな」

「え?」


 会社を立ち上げるのだ。

 その名前として、とりあえずつけたのがミノルファームってことだ。


「そりゃあ最初は俺たちだけでやっていくけど、ゆくゆくはたくさん人を雇って、一大農園にしたいと思っている」

「おお~、壮大な夢ですね」


「だろ? どうせなら夢は大きく持ってたいじゃん」

「おお~素敵です」


「心から言ってる?」

「もちろんです」


 どうもウサンクサイんだよなあ。

 こんなインチキ臭いメカが、いまだかつて存在していたであろうか?


「会社については、そのうちいい名前考えるからさ。お前もいい案あったら言ってくれよ」

「う~ん、そうですねえ。旦那様の会社ですし、そのままミノルファームでいいと思います」


 本当に本心か?

 考えるのメンドクサイだけじゃねえの?


「それともう一個訂正な。畑はともかく、会社は俺のじゃねえよ」

「え? 違うんですか? じゃあ誰か別の人を代表に置くんですか?」


「ちげえよ。そうじゃねえよ。二人のだよ。俺とお前の、な?」

「え?」


 品種改良BOXはめちゃめちゃビックリした顔をしていた。

 だが、その顔はじょじょにニヤケ顔へと変化していく。

 自分も経営者だと聞いて、相当嬉しいみたいだ。


「だ、だ、だ、騙されませんよ! 昨日私のことを従業員一号って言っていたじゃないですか!!」


 あ、よく気づいたな。

 ポンコツのくせに、なかなかスルドイじゃないか。


 じつはあれから母と話したんだ。

 コイツに責任感を持たせるにはどうしたらいいのかって。

 立場が人を作るって言うし、自分の会社だと思えば気持ちも変わってくるんじゃないかって。


「まあまあ、それは言葉のアヤってやつだ。気にするな。――それよりもだ。お前の名前だよ。品種改良BOXってのは商品名だろ? 今後のことも考えて、新しい名前つけようと思ってさ」

「え? わたしに!?」


 これまた品種改良BOXは嬉しそうだ。


「そう。どんな名前がいい? リクエストがあるなら言ってみな」

「……」


 品種改良BOXは考えだした。これまでになく真剣な表情で。

 その後考えがまとまったのか、キリッと眉をよせた。


「じゃあ、殿がいいです」


 え~殿?

 それはちょっとどうかと思うぞ。

 俺が殿って呼ぶことになるんだろ?

 それじゃあ、俺が家来みたいじゃん。

 やだよ。別のにしろよ。

 

「悪いな。日本では、ちょんまげしてないヤツは殿と名乗っちゃいけないんだ」


 とりあえずウソでごまかすことにした。

 宇宙のメカなんだから、バレやしないだろう。


「じゃあ、桔梗屋ききょうや――」

「却下だ」


 なんだよ、桔梗屋って。

 それ企業名だろ。

 桔梗屋が個人名じゃ、おかしいだろ。

 あれか? 時代劇の影響か?

 あんまりコイツに時代劇見せるなよな。悪影響だよ。


「もう、俺がつけてやる。将軍てのはどうだ? それもカタカナにしてショーグン。これで手を打てよ」


 この辺ならギリ許せる。

 将軍て大名よりエラいんだけどな。不思議と呼び名として殿より抵抗がない。


「将軍? ……ふふふ、ショーグン……」


 どうやら気に入ったみたいだ。

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