二 見鬼の眼
小太郎は、物心ついた頃には世界の真実が見えていた。
こそこそと動き回る小鬼。商人のふりして悪辣な噂を振り撒く狸。陰の中から恨めしげに、じいっとこっちを見やる
何かが見えると言うと、母が泣くのだ。小太郎が嘘ばかり吐くと言って、泣きじゃくるのだ。父は早逝して、すでにこの世にいない。母は、女手一つで小太郎を育てていたのもあって、常に気を張った生活も所以していたのだろう。
なぜ嘘をつく。そんなものいるわけがないと言って、小太郎が見たものの事を伝える度に躾と言って頬を打った。嘘ではないと反論すると、二度打たれたのだった。
そうやって何度か繰り返しているうちに、小太郎もそっと
――あまり、母を心配させてはいけない
父の遺言とかではなく、自然と周りからそう言われ続けただけの言葉だ。だが、幼い子供にはその言葉がずんずんと降り積もる雪の如く、のし掛かり続けた。
母が嫌いなわけではないし、困らせたくもない。だから仕方なく。小太郎は見て見ぬふりをするしかなかった。どうせ、
――――時は過ぎ、十二歳になった小太郎は、
びゅうびゅう――と通り過ぎる風が、ザアザア――草木を揺らして騒がせるものだから肩を竦ませ、思わずつばまで飲み込んだ。
夜が怖い。
小太郎は、その日。生まれて初めて特別な目を生まれ持った事に誇りに持った日でもあった。だが同時に恐怖も覚えた日にもなってしまった。
まだ幼さの残る少年の視線の先――住んでいる村から少しばかり外れた小さな森の入り口だ。その前に構える朱塗りの鳥居。潜り辿り着く先は、本来であれば小さな社だ。小太郎も、
しかし、今朝とは目的が違う。
行かないと。でも、怖い。
躊躇する自分に、小太郎は脳裏に母の姿を思い浮かべる。一月ほど前から、寝込んでしまい思うように動けなくなってしまった姿。その姿を思い出せば、どうにか足は動かせそうだった。
小さな勇気を携えて、小太郎は一歩を踏み出した。
◆◇◆◇◆
季節は、初夏。
雨季が開けたばかり。夏が少しづつ近づいて、ぬるい風が人混みに抜けていく。
それは、冥々の領分であろうと変わりない。異界たるそこも、季節や時間の流れは同じなのだ。ただ、喧騒や騒めきだけならば都のそれと変わらない。祭り程で無いにしろ、行き交う足音と人の話し声だけならば此処が
椿は雑踏が耳に混じりながらも、目の前で飴細工が出来上がっていく様をじいっと眺めていた。
甘い匂いに誘われて、ふらりふらりと足が動いた先。猫又の飴売りの手腕は見事なもので、忽ち引き込まれてしまった。
駆ける兎、座る猫、羽を広げて今にも飛び立たんとする鳥。どれもが愛らしく、これがただ食べるだけと言うのが椿には理解し難い程だ。が、いつまでも見ているだけでは申し分ない。食べるだけにしろ、飴一個の値段としては無駄遣いである。一歩引いて喧騒の中へと戻ろうかとした時だった。
「どれにする」
背後から壮年程度の穏やかな声に振り返る。椿がいつまでも飴屋から離れない姿をただ待っているだけの様子は無頼漢さながらに無愛想だ。が、その無愛想は椿が言葉を返すよりも早く、椿の横に並び立ち猫又に代金を渡していた。こうなると、金を返してくれなどとは言えるはずもない。
「えっと、じゃあ兎を」
椿は、
「俺は良い。女房の分だけ」
朧が無表情で答えるも、猫又は顔色を変えることもなく言われるがままに兎の飴細工を椿へと手渡した。真っ白でほっそりとした体躯が、夜空を駆けるような。買ってもらったは良いが、矢張り……食べてしまうには勿体無い。
「あまり見つめすぎると、溶けてしまうんじゃないのか」
それか、穴が開くか。冗談混じりの朧の顔は、猫又に言葉を返していた時とは違って少々綻んでいた。
飴屋を離れた二人は、雑多の中へと歩みを戻した。
大通りだからだろうか。大きな街を思わせる程に人が多いものだから、自然と空いていた手を互いに握る。はぐれる程の人というわけではなかったのだが、そうしていないと朧が客引きや女郎に声を掛けられるのだ。しかも、女もわざと寄りかかってくるものだから、あからさまに椿の機嫌が悪くなる。なので、手を打った結果とも言えた。
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