九 盲目の女①

 それからというもの、限りこそあるものの村長が椿を丁重に客人としてもてなした。

 村人には生きていると知れると混乱が起こりかねない為、表に出せない。下手に村人が椿の姿を目撃すれば、儀式は失敗して神の怒りを買うとでも言い出すやもしれなかったからだ。

 だから、椿の生活圏内は村長の邸宅内か、夕闇が降りた頃合いの村長邸宅の敷地内のみだった。

 

 村長は豪勢な食事を出してみたり、村長の妻君得意の三味線を聴かせてみたり、最低限の夜の散歩などに連れ出してみたりと何かと世話を焼いたが、椿は一切の反応を示さなかった。

 何も求めず、与えた部屋の縁側に座る。それ以外に何の動きも見せなかった。


 不思議な事といえば、椿が口にする食事の量ぐらいだろうか。

 箸で一口分の米を掬ったかと思うと、それを食べてもう腹は膨れたと言うのだ。

 それが、何とも村長一家は不可思議であったが、本人に腹は減らないのかと聞いたところで、十分ですと答えるだけだった。


 それ以上問いただした所で、椿は何一つ答えなかった。

 蔵で何があったかと訊ねても、何も覚えてはいないのだと言う。

 その真偽も不明なまま、村長は下手に椿を扱う事も出来ず村長邸に閉じ込めて置く事しか出来なかった。


 椿は大人しいもので与えた部屋縁側で、大人しく座るだけの毎日だった。

 景色が見える訳でもないのに、呆然とそこに座って時間だけが過ぎていく。

 何事も起こらないまま、気がつけば季節は冬になっていた。



 ◇



 美しい女だ。平太は、椿が与えられた部屋を中庭の端から幾度となく覗いた。

 椿の部屋は、一階の一番奥の部屋だったが中庭に直接出る事のできる日当たりの良い客室だった。中庭には、彼女と同じ名の椿の木が植えられて、蕾が色づき始めていた。その様を毎日女の横顔は、儚くも美しい。


 椿の花の如く、ポトリと簡単に首が落ちてしまいそうな程に線が細いが、着物の下に隠れているであろうたおやかな肢体に平太は心馳せた。

 平太は椿に手を出そうか日々迷っていた。不届きと言われるかもしれないが、神の花嫁にしてしまうなど勿体無いほどの器量と色気。座っているだけでも艶やかで、謎めいた様子がまた男の性を駆り立てた。

 

 一歩踏み出さなかった理由としては、椿がなのか不明である事と、自身が村長の子息であり後継ぎである事を思うと踏ん切りが付かなかった。

 だからか、眺めるに留めていた。

 奇しくも、季節は冬。すでに収穫は分配されたり、売られたりと、これと言ってする事が無い季節。その怠惰な季節が、平太に邪な心を生んだと言っても過言ではないだろう。


 ――丁重に、ね


 椿は大きな音を立てても大して興味を示さず、眉一つ動かさない女だ。目が見えていないからこその行動なのか、それとも単に一々反応示す必要もないと言う事だけなのか。


 平太は興味本位で態と草履を地に擦った。ジャリ――と地味な音が現れてはすぐに消える。気になるだろうか、そんな興味本位の行動だったが、やはり椿は何の反応も示さなかった。


 そうやって、悶々と考えていると殊更に邪な考えが浮かぶ。

 

 ――口を塞いで仕舞えば……声さえ出せないよう、逃げられないように縛ってしまえば……どうせ見えない。誰がやったかなど、誰にも判らない


 平太は、ほくそ笑む。悪巧みを企てた子供のように、案外、簡単に事が運ぶかもしれないと浮かれた調子で足取り軽く、その場を立ち去っていった。


 

 椿の視線が、平太がいた場所に向いているとも知らずに――

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