第64話

 どうやら状況的には圧倒的に暴君側が有利らしい。にもかかわらず、いまだに突入して制圧していないのは何故か。

 それはあのリーダーの命令に外ならず、恐らくは彼の性格が色濃く反映した結果だろう。


 もしあのリーダーの傍にいた好戦的な見た目をしているデカブツが頭なら、問答無用に突っ込んで力ずくで捻じ伏せていたに違いない。

 しかしあのリーダーは、その雰囲気や話し方から警戒心の強い人物だと推測した。ああいう輩は、絶対的勝利を渇望するタイプである。また不確定要素を嫌い、自分の思い描くままの結果を望む。


 故に相手の戦力を正確に把握し、かつ完璧な戦略を立ててからしか動かない。どちらかというと後の先を主とするのが得意なのだろう。


 つまりはカウンタータイプ。相手が攻め込んできたところを迎え撃ち、様々な罠や戦略で返り討ちにする。こちらは座して動かないことで戦略が立てやすく、相手の攻撃にも対処しやすいのだ。


 そうして相手の戦力を削り疲弊した機を見て、今度は一気に攻勢に転じて拠点を制圧する。ただ真正面から全戦力を注ぎ込んでくる奴より、相手にするのは厄介だ。


(それに人質もいるって話だから、相手の戦意を削ぐこともできるしな)


 ああいう輩は平気で人質を盾にしてくる。それも勝つための戦術ではあるし、一方的に汚いとは日門は言わないが、それでもやはり好きにはなれないし仲間としても立ちたくない。


(ヒコ部長は頭も良いから、そこんとこ分かってての宣戦布告だと思うけどな)


 こういう場合、戦を行うことと並行して人質奪還作戦を実行したりするが、それに向けてすでに行動を開始しているかもしれない。

 とはいうものの相手もバカではないし、それくらいは気づいているだろう。何かしらの対策をしていうはず。要はどちらが思惑を上回るかだが……。


(……久しぶりに会うんだし、手土産が必要かな)


 こちらとしては随分と久しいのだ。向こうだって日門が突然消失し、恐らくは死んだのではと考えていることだろう。

 だから感動の再会というわけでへはないが、心配をかけた以上は、何かしらの詫びが必要だと日門は考える。


 海彦が今もっとも喜ぶべきものはなにか。

 そんなのは決まっている。自分が所属している反乱組の勝利であろう。

 暴君の圧政を終わらせ、平和な生活を取り戻すことだけが海彦が望むもののはず。


 それに戦が本格的に始まれば、海彦だって殺されてしまう確率が決して低くない。せっかく会えたのにそれでは悲劇過ぎる。そんなくそったれな結末は覆さないといけない。


 ということで、日門はさっそく行動を開始することにした。

 その顔には、時乃の屋敷に訪問した時と同様の黒仮面を装着する。


「んじゃ、行きますか」



     ※



 二つの組織の拠点である建物から少し離れた場所に設置されている倉庫がある。

 そこはスポーツ用品などが収容されている場所であり、入口が一つ、窓も小さいものが一つという無骨な造りになっていた。


 その中には、反乱者の身内や友人など数人が監禁されている。中には子供もいて、明らかに衰弱している様子を見せていた。彼らはまさに人質として捕縛されている。

 入口には厳重に鍵をかけ、さらに閂まで装着され中からは決して開けられないようにされている。


 そしてその入口の前には、暴君側の者たちが物騒な武器を手にして見張っていた。その数、実に五人。たとえ抜け出せても瞬時に取り囲まれてしまうだろう。

 すると扉がドンドンと叩かれ、中から嘆きにも等しい叫び声が響く。


「お願いだ! 子供が脱水症状を起こしてるんだ! 何でもいいから飲み水をくれないか!」


 衰弱している子供を助けようと、中にいる男性が力一杯懇願する……が、


「うっせえな! 昨日やっただろうが! それで我慢しやがれ!」


 確かに昨日、人質たちには五百ミリリットルのペットボトルに入った水が支給された。それが全部で五本。しかし人質たちは合計十人いるのだ。

 喚起もスムーズに行えない牢屋のような倉庫では蒸し風呂のような暑さになり、とても十人を賄える水分量ではない。


「そんな! あれっぽっちでは足りないに決まってる! 頼むからもう少し水と食料を分けてくれ!」


 当然の要求とばかりに男性は言葉を尽くすが、見張りは「それ以上うるさくすると今すぐ殺すぞ!」と一喝して黙らせる。


 そしてそんな様子を遠目に見ながら怒りに震える者たちがいた。

 建物の陰に潜む彼らこそ、人質を奪還するために派遣された反乱者たちである。そこから見張りたちの人質に対する扱いを見て、ほぼ全員が今にも爆発しそうだ。

 しかしそんな中、たった一人まだ冷静な人物がいた。


「皆さん、落ち着きましょう!」


 今にも飛び出しそうな勢いを見せる彼らを抑える役目としてそこに立つ少女。


 ――雪林くりな。


 大黒頭海彦の頼みにより、人質奪還作戦の一員に加わることになったのである。

 くりなは戦をするなど望んではいなかったが、それでも何もせずに事の成り行きを見守るだけはできなかった。


 戦うと決意した先輩である海彦の力になるためにも、何より劣悪な環境を強いられている人質たちを救うためにも、この任を請け負ったのである。


「ここで無暗に突撃してしまえば、きっと失敗してしまいます。あの葛杉のことです。絶対に何かしらの罠を張ってるでしょうし、ここで私たちが失敗したら、益々勝ち目がなくなっちゃいます」


 くりなのその言葉に、激昂していた者たちが徐々に落ち着きを取り戻していく。


「すまねえ、雪林さん。ちょっと熱くなっちまってた」


 仲間の一人がそう言うと、他の者も次々と謝罪する。


「いいえ、誰だってあんな光景を見せられれば仕方ありません。だから絶対この作戦を成功させましょう! それでアイツらにギャフンって言わせちゃうんです!」


 怒りによって暴走しそうになった者たちが再度一致団結した。 

 これこそが海彦が、くりなを同行させた理由。彼女は戦力として期待できないが、常に冷静で対応力が高い。作戦を成功させるためにも、彼女のようなムードメーカーは必要不可欠なのである。


「ではまず、近づきましょう。そして機を見て一気に。いいですね?」


 くりなの言葉に全員が頷き、そこから行動を開始した。



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