第63話
木材で建てられた柱が幾つか。その上部と上部には木材で繋がれていて、そこから一定間隔でロープが吊り下げられている。
そしてそのロープの先には――――骸が下げられていた。
間違いなく人間だ。全身ボロボロで血や泥に塗れている。女性にいるようで裸だ。そこにはハエなどがたかっているが、処理するでもなくそのまま放置されていた。それはまるで誰かに見せつけているかのようだ。
いや十中八九、見せしめだろう。自分たちに逆らえばお前らもこうなるぞ、と。
こんなことをする連中がまともな思考をしているとは到底思えない。まず間違いなく暴君の仕業だろう。
もし見回りをしている連中が反乱側だったら、こんな状況をそのままにしておくとは思えない。まあ、吊られているのが、暴君側の連中ということも可能性としてはあるが、圧政に苦しむ一般人たちが、暴君がするようなことを見せしめとして行うとは思えない。
つまり現在建物に立てこもっているのが反乱側である可能性が高い。
(う~ん、この状況じゃ、情報収集も難しいよなぁ)
まさかこんなにも状況が切羽詰まっているとは思わなかった。今にも何かきっかけがあれば全面戦争が勃発してもおかしくはないほど殺気立っている。
この状況で、たとえ比較的まともそうな反乱側に話を聞かせてくださいって向かっても下手をすれば拘束されかねない。
(せっかく来たけど、このままとんずらした方が良いかも……ん?)
すると例の立てこもった建物の屋上に人影を発見した。
その人物を見て、思わず日門は目を丸くしてしまう。
「あー、あー、聞こえるか、我らが住処を侵す蛮族の王よ!」
拡声器を通した声は日門のところまでしっかり届いていた。そしてその声を耳にしたことで確信することになる。
「おいおい、マジかよ。もしかしたらって思ってたけど、やっぱ生きてたんじゃねえか、部長!」
視線の先に立つ大柄な男性こそ、高校の先輩であり所属していた『異世界研究部』の部長をしていた人物だった。
その名を――大黒頭海彦。
外見は一昔前のオタク然とした姿をしており、その熱意や変わった言動から周りには引かれるが、それに対し一歩も引かずに己の道をひたすら突き進む男。中学校からの知り合いで、受験勉強時に世話になったりと、浅からぬ縁を持つ間柄である。
この世界に戻ってきたあと、すぐに部室に行ったが、彼の生存を確定するものはなく、もしかして……という最悪な未来をも予感させたが、こうして生きていることが分かり心の底から安堵している自分に気づく。
そんな心の反応に、想像以上に海彦のことを慕っていたのだと痛感した。
(まあ、生命力強そうだしな、ヒコ部長は)
殺しても死なさそうな感じである。実際ああ見えて成績はトップクラスだし、体格にも恵まれていて運動だって苦手なわけではない。文武両道と評しても間違いではないくらいには優秀なのだ。
(んなことよりも部長がいるってことはまさか……)
彼の周囲に立っている人物が数人いるが、そこには見知った顔はなかった。
(……アイツはいねえのか)
もう一人、思い浮かべる顔があるのだが、少なくともあの中にはいない。海彦がいるならあるいはと思ったが。
しかしこれで黙って去ることができなくなった。さすがに知り合い以上の存在が窮地に立たされている以上、そのまま見捨てることは日門にはできない。
(これは何が何でも直接会って話を聞かねえとな)
どれだけ時間が残されているか分からない。もし戦争が始まったら悠長に談話などできないだろうから。
そう思っていると、海彦がさらに拡声器を通して声を周囲に届ける。
「我々はお主らなどには屈指はせぬ! よいか、この世に悪が栄えた試しなし! お主らは必ず滅ぶことは歴史も証明しておる! 故に無駄な争いなどせず武器を置くことを要求する!」
相変わらず古風というか時代に合わない喋り方をすると日門にとっては懐かしいものを感じるが、明らかに挑発を受けた暴君側からは怒気が溢れている。
口々に罵詈雑言が飛び出て海彦たちを威圧してきた。それでも決して引く様子を見せず、海彦はさらに勧告する。
「ならばこちらとしても大切なものを守るため戦う所存である!」
いうなればこれは開戦前の舌戦といったところか。つまり本当に時間の猶予がなさそうだ。
(ていうか馬鹿正直に宣戦布告なんてしないで奇襲なり何なりすればいいのに)
無駄に騎士道精神が強い海彦に言っても無駄だと分かっているが、戦力的に劣っているであろうに、日門としてはよろしくない状況だと判断できた。
こういう場合は、たとえ卑怯と罵られようと毒やら罠やらをふんだんに行使し、かつ夜襲や奇襲などを駆使して相手の戦力を削る。戦は勝たないと何の意味もない。そこに正々堂々なんていう振る舞いは邪魔なだけなのだ。
(ま、ああいうところ、俺は好きだけどな)
感情的には海彦を支持していることもあり、彼の行動には好感が持てる。
すると反対側に建っている建物の屋上に姿を現した連中がいた。
一人は海彦のようにガタイの良い傭兵みたいな男で、一人は細身だが冷酷そうな顔つきをした男。そしてその間にリーダー然とした輩が立っている。
一目見て、そいつこそが暴君と呼ばれる存在であることが分かった。何というか全身から胡散臭さが滲み出ており、かつどす黒いオーラを纏っていたからだ。
そんな暴君らしき糸目の男もまた拡声器で声を発する。
「随分と活きがいいですね。しかし忘れていませんか? こちらには多くの人質がいるということを」
その言葉を受け、海彦たちが苦々しい表情を浮かべる。なるほど、やはり相手の方が一枚上手のようだ。まあ汚い手を平気で使う相手に対し、正々堂々と戦う側が勝つのは確かに困難だ。
なら何故そんな状況で開戦しようと思ったのか。恐らく時間をかければかけるほど反対側が不利な状況に陥るからだろう。故に人質がいようと、全滅するわにはいかずに動くことを決めた。そういうところかもしれない。
「まあ好きにするといいですよ。こちらは言うなれば絶対王者。いつでも挑戦は受けましょう。もっとも……敗者は皆殺しですけどね。ククク……」
それだけを言うと拡声器を放り投げ、そのまま踵を返して去って行った。
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