第62話

「今、【令明館大学】って言ったよな?」


 その大学には聞き覚えがあった。

 高校に通っていた時に世話になった先輩が卒業したら通うことになる大学だったから。何度か進路の話題で出ていたから覚えていたのだ。


 彼らの話を聞くに、現在その大学でトップに君臨しているグループがあるらしい。そいつらは力ずくで弱者を支配し奴隷のように扱っているとのこと。


 そして気になるのは、近々反乱が起きそうだという話だ。

 暴君の統治に我慢できず民が反乱するのは別段珍しい話ではない。異世界でもそんなことは少なからずあったからだ。 


 君主や貴族が民からできる限り搾取し、自分たちは裕福な暮らしを満喫する。そんなのがいつまでもまかり通るわけがない。

 虐げられている民だって人形ではない。家族もいるし何よりも生きるためには現状を変えないといけない。そうして不満が爆発し内乱が起こる。


(けど外がこんな状況でよくデタラメな統治ができるよな)


 こんな時代だ。誰もがストレスを抱える中で、強制を敷いてしまえばどうなるかなど分かり切っている。外ではいまだ対処方法すら見つからないゾンビどもがいるのに、内で戦が勃発するような行為をするなど自殺行為に等しい。


 生存率を上げるには、やはり人の数というのは強力だ。多少窮屈な思いをしていても、ある程度外への脅威度が軽減できるまでは力を合わせた方が賢いに決まっている。


(どうもそのリーダーって奴は、そこんところが分かってないバカみてえだな)


 ただ欲望のままに好き勝手すれば破綻はそのうち必ず起こり得る。ただ刺激だけを欲する狂人か、何も考えていない愚者か、あるいは何かしら考えがあっての策謀家か。

 どちらにしろやはり内戦が起きるような状況を引き起こすのは愚かとしか言えない。


(それにしても大学……ねぇ)


 聞くところによると、建物がかなり頑丈だったためか、倒壊した建物が少ないとのこと。であるならばそこを拠点とする人が集まっていてもおかしくはない。

 あの時乃の屋敷以上の規模である大学ならば、かなりの物資もあるはず。とはいってもさすがに問答無用で奪うようなことはしない。


 それよりも日門としては、この世界で起こった例の大地震についてやゾンビに関する情報を得ておきたいだけだ。

 それだけの人がいれば、何かしらの有益な情報が得られるかもしれない。時乃の時は急展開過ぎて情報収集ができなかったが、今度は軽く潜入しつつ情報を得ようと考えた。


 ということでさっそく【令明館大学】へと向かう。

 一応日門も進学先としての候補の一つに入れていたこともあり、ネットなどで調べたことはあったが、実際に訪れるのは初めてだ。


 到着してみると、外壁は高い鉄柵で覆われていて、正門も裏門も重厚で頑丈そうな鉄扉で閉ざされており、さらに扉には有刺鉄線などが設置されている。ゾンビ対策だろうが、痛みを感じ無さそうなゾンビ相手では無意味かもしれない。

 ただ鉄柵にも有刺鉄線が巻かれている所を見るに、これはもしかしたら外から勝手に侵入してくる人間に対して設置されている可能性が出てきた。


 先ほどは人が増えるほど生存率が増すとはいったが、増え過ぎるのも考え物ではある。何せ物資は限られているし、人が増えればその分消費率もまた嵩む。

 だから防衛力と物資量が釣り合うバランスを保つ必要があるだろう。


(確かに他と比べるとここらへんは被害が大分マシだな)


 地震の被害はどこも一定というわけではない。もちろん皆無ではないものの、酷い場所は地面が波のように隆起し、その周辺の建物は全崩壊しているが、そこと比べると地面に亀裂こそ走っているものの、十分に住居として過ごすことができる時乃の屋敷のようなエリアも存在する。どうやらここも比較的軽被害だったようだ。


 元々耐震設計がしっかりしていたのかもしない。だからこそ外壁である鉄柵も根強く残っていて侵入者を阻んでいる。


「ま、俺にゃ関係ねえけどな」


 何せこっちは空から幾らでも侵入することができるのだ。ただ、このまま馬鹿正直に入れば誰かに見られる危険性は高い。隠密行動が求められる場面だが、リスクしかない空からの侵入は躊躇われる。

 なら上がダメなら下があるわけで。


 地面に手を当て魔力を流し込む。すると鉄柵の下にある地面がボコッと凹み、人が通れるほどの穴が生まれる。

 そこから素早く中へと入り込み、再度土を操作して元の状態へと戻しておく。


 現在日門が立っている場所は、鉄柵と建物に挟まれた狭い空間だ。そこなら侵入しても見つかりにくいと判断してのことだった。

 そうして隠れつつ建物の裏から周囲を観察する。


(思った以上に広いとこだな)


 広々とした公園のような場所があるし、何より建物の数が多い。調べたところによると大きな図書館やレストランなどの施設もあって、スポーツ設備も充実しているらしい。


 学生にとっては非常に過ごしやすい生活を送れることだろう。できれば日門も普通に高校を卒業して、こういう大学に通ってキャンパスライフを満喫してみたかったが。


(おっと、ありゃ見回りかねぇ)


 武器らしい得物を所持しながら物々しい雰囲気で歩いている二人の人物を発見した。少し遠目にも、同じように見回っている様子の二人組がいる。


(二人一組での巡回か。ちょっと面倒だな)


 この中の情報は少ない。巡回している連中が、はたして暴君側が、反乱側か判別がつかないからだ。暴君側に見つかると厄介なことになるのは確実。

 できれば反乱側の方が良い。そちらの方がまだこちらの話を聞いてもらえそうなので。


(とりあえずしばらくは隠れながら移動して様子見するか)


 そうして監視の目を潜り抜けながら、建物の陰から陰へと移動を開始。

 すると奇妙な光景を目にすることになった。 


 それは一つの建物を睨みつけるように遠目に巡回している連中のことである。

 彼らの表情から警戒に敵意というものが伝わってくるのだ。しかし建物に入るわけでも、何か手を出すような素振りもない。

 また建物の入り口はガッチリとバリケードが組まれていて侵入者を拒んでいる状態だ。


(ってことは、だ。あの連中が見張ってる建物内には連中の敵がいるってことだよな)


 それがどちら側なのか。立てこもっているのが暴君か、それとも反乱者か。 


(まあ十中八九反乱者たちが立てこもってるんだろうな)


 この状況から察するに、見張っている側には人でも武器も豊富そうだ。もし暴君が立てこもっているとしたら、すぐにでも攻め込み制圧した方が良い。圧政なんてできるだけ早く終わらせるべきだからだ。その方が被害も少ない。


 もっとも暴君が人質を取っているという可能性もある。だから攻め込めない。しかしほぼ間違いなく、あの建物に潜んでいるのが反乱側だという確信もあった。

 何故ならここに来る前に、ある光景を目にしたからだ。


 それは言うなれば処刑場であった。



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