第61話
昨日は全身を目一杯酷使したので、本日の訓練は休み。疲労が溜まっているのに、さらにその上に無茶を重ねるのは怪我のもとであり成長に繋がらない。
故に今日は小色たちには十分に身体を休めてもらうつもりだ。そう伝えると、彼女たちは喜んでベッドへとダイブした。我が家の愛するペットであるハチミツも、小色に引き込まれて一緒に横たわっているようだ。
ということで、久々に一人での探索といく。昨日減った分のゾンビも確保しておきたいし、同時に物資調達もしておくつもりだ。
まずはある程度ゾンビを捕獲し訓練場に閉じ込めたあと、今度は物資調達のために街中へと向かった。
とはいっても、世界大震災が起きてもう大分経つので、そろそろ回収できる物資も少なくなってきている。
ここらへんで地方へ足を伸ばすのもいいのかもしれない。あるいは海へ出て海産物を、という感じでも良いだろう。
(う~ん、まだ物資が残ってそうな場所かぁ)
記憶にあるコンビニやスーパーなどに足を運んだが、軒並み荒らされた後だったし、それこそもっと大きなモールやホームセンターなどに行くべきだろうか。
恐らくそちらも誰かの手が入っているはずだが、物資の質や量も段違いなので、まだ何かしら残っている可能性は高い。
(そういや、生存者たちはどこにいるのかねぇ)
日門が知っているのは、小色たちが世話になっていた時乃の屋敷だ。しかし今まであれほどの規模の拠点を見たことがない。というよりあまり興味が無かったので積極的に探していないという理由もあるが。
人が多く集まれば集まるほどできることは多いし生存率も高くなる。しかし一方、問題が発生するリスクもまた大きい。
普段から仲良い連中だけで構成されているわけではないのだ。見知らぬ他人同士だっているはず。そうなれば意見や価値観の違いから争いに発展することだって考えられる。
生活を維持するには、やはり少数精鋭が一番だが、小人数だとできることも限られるからいざという時に不安が高まってしまう。どちらにしろ一長一短であり、やはり妥協する部分は必要となってくるだろう。
だが中にはそういった折り合いに我慢できず、あるいは自身の欲のタガを外して好き勝手する連中だっているはず。そうなれば内戦勃発だ。
人間の敵はゾンビだけではなく、身近にいる人間そのものでもある。こういった状況で普段から抑制されてきた欲を存分に曝け出す者も必ず存在するのだ。
「……ん?」
人の気配がしたので、すぐさま隠れて様子を見守ることにした。
すると瓦礫を縫うようにして複数の男性が現れる。周囲をキョロキョロと観察しながら、時折瓦礫などをどかして下を確認したり、壊れた自動販売機の中身を漁ったりしている。
どうやら自分と同じ物資調達をしている模様。
「……お、見ろよ! 缶コーヒーが一本落ちてたぜ! ラッキー!」
男の一人がまだ封が解かれていない缶を手に取り喜んでいる。
「ちっ、こっちはゴミしかねえや。そっちはどうだ?」
「ダメだな。もうここらへんは他の連中だって探索済みみてえだわ」
こんな感じで多くの者が街内を探索している……が、
「おっと、気を付けろ。ゾンビがいやがるぜ」
一人の男が示すように、その先にはゾンビが数体のろのろと歩いている。
もうこの世界は安全からはほど遠いものとなってしまった。あちらこちらに人間の敵が蠢き気を抜けない毎日になっている。特に探索者にとっては常に命懸けであろう。
男たちは、ゾンビが遠くに行くまでやり過ごしホッと息を吐く。
「ったく、最悪な世界になっちまったもんだな」
「だな。毎日毎日こんな地獄で食材探しなんて生きた心地しねえわ」
「けど探さねえと死んじまう。はぁ……何でこんなことになっちまったかねぇ」
男たちの愚痴は止まらず、何か情報が得られるかもと日門は耳を傾けている。
「噂じゃ、どこかの国がウィルス実験に失敗したって話じゃねえか」
「それも証拠はねえだろ? 第一、あの地震はじゃあ何なんだってことになっちまう」
「偶然だろ?」
「偶然にしてはおかしくねえか。地震のすぐあとにゾンビ登場だぜ?」
確かに、日門もそれは無関係だとは思っていない。世界を巻き込むような地震が起き、そのあとにゾンビが出現し始めた。そこに何かしらの因果関係があると思っている。
「けど地震とゾンビって何か関係あんのか? 地面が割れて、元々地下に閉じ込められてたゾンビが出てきたってか?」
なるほど。それも一つの考えではある。
それこそどこかの国がゾンビについて研究しており、ゾンビウイルスに感染させた生物を地下実験室などに収容していた。それが地震のせいで崩壊し、地上へとゾンビ生物が上がってきたことによるアウトブレイク。
(けどそれだと世界中の人々がゾンビ化するスピードに説明がつかないよな)
地上から出てきた生物によって、人々が感染したとするなら、まず実験室があった国が被害に遭う。そしてそこから徐々に感染が広がっていったとしても、地球は広いし、すべてにウィルスが行き渡るまでは相当の時間を要することになるはず。
それこそ一年や二年程度でこんな有様になるだろうか……。
(感染した渡り鳥がいて、そいつが世界中に散って……いや、現実的とは思えねえな)
そもそも空気感染はしないようなので、直接噛まれたり引っ掛かれたりする必要がある。ゾンビ化した渡り鳥が、広大な海を渡って人々に被害をもたらしたと仮定するなら、やはりその感染スピードに疑問が沸く。
今や世界中にウィルスは広がっているとのことなので、一つの地区から飛んできた渡り鳥によってのアウトブレイクだとしても、ここまで広がるには時間が短過ぎる。
それこそ一か所ではなく、複数個所に同時アウトブレイクが起きていたら話は別だが。
つまりこの日本も、すぐ傍でアウトブレイクが起きていたから現状へと繋がっている。それなら理解も納得もできる。
(だとしたら一体根元は何だって話になるんだけどな)
まさか日本がそういったバイオ研究を地下施設でしていたとは思いたくないものだが。まああくまでもそれは日門の希望であり、国という組織が民から隠れて何か後ろ暗いことをしているなんて珍しくはない。
国のため人のためと国主は最終的にそう口にするが、ならば民からの許可を得るべきだろうと思う。
(もっとも非人道的な研究なら、国民には話せないのは分かるけどな)
絶対に叩かれるし、下手をすれば国が傾く。内戦まで起こる危険性も高い。だから黙して行うのだろうが、もしこうなった原因が国にあるとしたら間違いなくお偉いさんは叩かれるどころではすまないだろう。それこそ殺されるのがオチだ。
とはいっても今のは日門の考えでしかないので、実際のアウトブレイクの原因なんて分からないのが現状ではあるが。
「なあ、それより聞いたか。例の大学のこと」
「あん? 大学? ……ああ、あのイカれたリーダーが立てこもってるっつうとこだろ? 何でも独裁政治をしてて、他の連中を奴隷扱いしてるらしいな」
「そうそう。あそこから逃げ出した連中がいたようだぜ。まあゾンビにやられて死にそうになってたとこを、ウチの奴らが見つけて話を聞いたらしい。あそこは結構頑丈に造られてたからか、大分建物もそのまま残ってるもんが多いとか」
何だか興味深そうな話が聞こえてきた。大部分が倒壊している中、無事な施設なども残っているようだ。以前足を運んだ学校は半壊していたが。
「あそこのリーダーはマジで狂ってるらしいぜ。男は強制労働させられて、女は奉仕活動だってよ。もちろん性的な、な。ったく、羨ましいぜ」
「お前もリーダーに気に入られたらお零れをもらえるかもよ?」
「冗談だろ? イカれたヤツの下になんかつきたくねえっての」
「はは、違えねえやな。そういや、何つう名前の大学だっけ?」
「確か――――【令明館大学】だったな」
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