第60話
小色たちが訓練を開始して半日が過ぎた。すでに時刻は夕方へ、天井から見える空色も橙へと移り変わっている。
休憩を何度か挟みつつ、それでも結構なスパルタ感で進めてきた訓練だったが、さすがに両者ともに疲労の様子が見て取れる。
現在、平地エリアのレベル5にチャンレジしており、一応各エリアにおいて最大レベルということもあり、ゾンビの数も質もレベル1とは比較にならない。
それでも最後のゾンビを、小色が得意の《雷魔石》を駆使して撃退し訓練は終わりを告げた。
(へぇ、やるじゃねえか二人とも)
正直初日で最初のエリアとはいえ、レベル5をクリアするとは考えていなかった。よくてレベル4、悪くてレベル3あたりだろうと踏んでいたが、これは嬉しい誤算だった。
これも二人がバッチリ連携が取れていたからの成果。互いに目配せをしただけで伝わる意思は頼もしく、お互いの動きに無駄が少なかったように思える。
もしこれが会ったばかりの他人だったら、ここまで上手く進めてこられなかったに違いない。明らかに兄妹という家族の繋がりが成せる結果だったといえる。
(とはいってもさすがに限界か)
見れば最後のゾンビを倒したあと、眠るように二人は倒れてしまっていた。休憩を挟んだとしても、初めての実戦だ。命のやり取りをするというのは、想像以上に体力も精神力も削られる。
いくら《魔石》という強みがあろうが、ずっと緊張感の中に身を置き続ければ消耗も激しい。だからこそやり遂げた二人には素直に感嘆する。
日門は二人の傍に降り立つと、それぞれに聞こえるように「起きろー」と発した。
「ぜえ……ぜえ……ど、どうだ……やってやった……ぞぉ……」
「もう……動きたく……ありま……せん……」
「おお、おお、満身創痍って感じだな。けど二人ともよくやったぞ。でもまだ難易度で言えば一番下のエリアってのは理解してるよな?」
少し意地悪をするように言うと、理九は「そ、そうだった……」とショックを受け、小色も声こそ上げないが、さらにぐったり感が増している様子。
「まあでも、とりあえず頑張ったんだ。動きたくねえのは分かるけど、さっさと風呂にでも入ってリフレッシュしとけ。そのあとはお楽しみのグルメ祭りだからよ」
そうはいっても極度に疲弊した彼女たちは、グルメと聞いて飛びつこうとはしない。空腹ではあろうが、さすがに今の状態で何かを口にしたいとは思えないのだろう。
だからこそ風呂に入って気持ちを切り替えてほしい。そうすれば腹の虫は盛大に頑張ってくれるだろう。
ということで、この施設内に設置しておいた浴場へと二人を連れて行った。理九はともかく、女子である小色は疲れていても汗を流せるのはありがたいと思っているようで、その足取りはどこか軽やかではあった。
二人が風呂に入っている間に、日門は夕食の準備を行う。
一応簡易的ではあるが食堂のような場所も作っておいたので、そこにあるキッチンで調理を始める。
とはいってもプロの料理人というわけでもないので、いわゆる男飯か、誰でも作れるような簡単料理になってしまうが。
しかしそこは異世界の食材という利でカバーすることにする。
炊飯器に米をセットしたあと、まず取り出したるは何といっても肉。ただしもちろん普通の肉ではない。
目の前にあるブロック肉は、赤身でありながらも非常にジューシーで柔らかいことが特徴である《リンゴ牛》というブランド牛だ。その名の通り、ほのかにリンゴの香りがするフルーティーさも持ち合わせている。
異世界でもメジャーなブランド牛であり、庶民にも貴族にも食べられている肉だが、これがまた本当に柔らかいので高齢者にも人気なのだ。
それを適当な大きさに切ってから軽く表面だけを焼いていく。その間に、これまた異世界産の野菜である《白銀キャロット》と《スイートオニオン》、それに《仙人芋》を一口大に切って炒めていく。
焼いた肉は少し取り出しておき、野菜が入った鍋には湯を入れて煮込み始める。
煮込んでいる間に、今度は甘みが強い《ハニーレタス》を皿に敷いて、その上に切った《ピーチトマト》と《パープルコーン》を置いていく。これでサラダの完成だ。
一通り煮込みが進んだ鍋に、取り出しておいた肉を投入し、さらに弱火で煮込んでいく。
グツグツという音とともに、良い香りがキッチン内を覆っている。そのせいか腹の虫が元気よくサンバを踊っているようだ。
そうこうしている内に、風呂から上がってきた小色たちが次々とテーブルに着く。やはり風呂は良いもので、少し疲れも吹き飛んだような表情をしている。
そこで鍋の火を一旦止めてからあるものを投入し、しばらくかき混ぜていく。
するとテーブルに顔を突っ伏していた二人がほぼ同時に顔を上げてキッチンの方を凝視した。
「この匂い……」
「う、うん……」
理九、小色、それぞれが理解したように顔を見合わせ、
「「――カレーっ!」」
と、喜々として声を上げた。
そして彼女たちの言うように、目の前に出された料理はカレーだった。
「ほい、異世界産食材で作った《異世界カレー》の出来上がりだ!」
あれほど疲弊していたにもかかわらず、目の前にあるカレーを見て目を輝かせる両者。やはりカレーという食べ物の持つ力は驚異的なようだ。
「「「いただきます!」」」
まず勢いよく食べ始めたのは理九だった。その一口を口に入れた瞬間に身体を震わせる。「んんぅぅぅ~っまぁぁぁぁい!」
どうやら舌に合っていたようで、それを皮切りに飲むようにして食べていく。
「わぁ、本当においしいです! すごいです、日門さん!」
「ウハハ、カレーだからな! 別に難しくねえって」
それでも褒められるのは心地好い。
「特にこのお肉、すっごく柔らかくてホロホロします。まるで何時間も煮込んだ感じです」
「だろ? けど煮込んだのは数十分程度だぜ」
これが《リンゴ牛》の凄いところだ。たった数十分で普通の肉を数時間煮込んだかのような食感になる。
「それに他の具材も食べたことがないくらいおいしい……異世界ってやっぱり凄いです!」
「このサラダも美味いぞ、小色! 僕は特にこのトマトが好きだ! 甘みが強いけど、トマト独特のにゅるってした食感もないし、どちらかというとフルーツトマトみたいだ」
「わ、本当だ。ピンク色のトマトなんて初めて。それにレタスもシャキシャキしててそれでいて甘いです。あ、このコーンはコリコリしてて新食感~」
どうやら二人にとって大満足の夕食になれたようで何よりだ。
日門もカレーを口にし、我ながら上出来だと少し胸を張れた気分。
これをきっかけに料理を趣味として続けてもいいかなと思う今日この頃であった。
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