第65話
くりなたちは、見張りに気づかれないように十分注意を払いながら少しずつ近づいていく。
ただ倉庫があるのは敷地内の角であり、目の前は広いグラウンドが広がっている。見晴らしが良いので、何かが近づけばすぐにでも目にすることができるのだ。
故に真正面から近づくにも限度があり、先手を取るのは不可能に近い。ならばどうするか。危険ではあるが壁の外側から接近して、裏側から隙を突くしかない。
しかしそのためには一度外壁を越えて外へと出る必要がある。当然それも容易なことではない。何故なら他の場所にも巡回している連中はいるし、外に出たとしてもゾンビたちに気づかれれば即時戦闘し、その騒ぎで見張りたちに気づかれる可能性が高い。
外に出て近づくのはさすがにリスクが高過ぎる。そこで目を付けたのは、壁沿いに走っている用水路である。
この大学は農業科もあり、農作物を育てるための水路として作られた。幅は狭いものの深さはそれなりにあり、身を屈めば隠れながら進むことだって可能だ。
それに世界大震災の影響か、今は水が通っておらず進みやすくなっているので強い味方になってくれるはず。
そう考え、くりなたちは用水路に素早く侵入すると、腰を低くしながら静かに倉庫へと近づいていく。
ただ懸念もあった。こちらにとっては有利な隠れ蓑であるこの水路を、あの狡猾な葛杉が都合よく見落としているだろうかという疑問もある。
それは作戦開始前に、海彦たち反乱側の幹部たちも口にしていたが、これくらいしか最善の道は見つからなかった。故に覚悟を決めて用水路を利用することを決めたのだ。
それでもやはり罠が張られている可能性も考慮して、慎重に周囲を警戒しながら進むことにした。何か罠が設置されていても、いつでも対応できるように神経を皆が尖らせ続ける。
そうして時間はかかったものの、罠に引っ掛かることなく倉庫の裏側へと辿り着くことができた。
音を出さずに用水路から上がり、全員が武器を構えて戦闘の態勢へと移行する。
ここまで近づけば、あとは見張りを素早く制圧して人質を解放するだけ。
(順調だけど……順調過ぎる気がするんだよね)
くりなは、ここまで無傷で来られたことに素直に喜んではいなかった。あまりにも呆気なく目的地に到着できた。それが物凄く違和感があり、逆に不安を煽る。
しかし周囲を見回しても、敵らしき存在は五人だけ。こちらの方が人数は多いし、隙を突けば制圧できる自信もある。
これもすべては海彦たちが、宣戦布告で敵の注意を引いてくれているからだ。だから敵の拠点に戦力が集中しており、ここには最低限しかいない。
これはチャンスだと皆が思っていることだろう。しかしくりなは嫌な予感が止まらない。それどころか益々膨れ上がっていく。
(やっぱり一旦様子を見た方が……)
そう思い皆に制止の声を掛けようとした直後、皆が意気込んで突入したのである。
そのせいで出遅れてしまったくりなは、慌てて彼らのあとを追いかけた。
「な、何だお前ら! どこから! ぐわぁっ!?」
見張りが虚を突かれて叩き伏せられていく。何度もシミュレーションを行っていたお蔭もあり、それぞれが素早く敵を打ち倒すことに成功した。
「おい! 早く人質たちを!」
そうして倒した見張りの身体をまさぐり、鍵を入手した仲間の一人が扉にかかったロックを解除し、さらに閂も取り外す。
すぐさま扉を開き、中にいる人質たちに仲間たちが声をかける。
「おい、もう大丈夫だぞ!」
キョロキョロと人質の安否を確認するために視線を動かす……が、倉庫に入った者たちは思わず呆気に取られてしまう。
「な、何で……誰もいないんだ?」
そう、決して広くはない倉庫の中は、ものの見事に空っぽだったのである。少なくとも彼らにはそう見えた。
すると突然頭上から何かが落ちてきて、そのまま仲間の一人が倒れてしまう。いや、一人だけではない。次々と頭上から降ってきた何かに攻撃されて沈んでいく。
一体何が起こったのかと、その光景を外から目にしたくりなは絶句した。
何故ならそこにいたのは、武器を所持した数人の敵だったのだから。その瞬間、くりなは嫌な予感が当たっていたことを知る。
(まさか敵が天井で待ち構えていたの!?)
ここに人質がいるという情報は得ていた。しかしこの状況、知られていることを前提に葛杉が手を打っていたのだ。
いや、もしかしたらその情報すらわざと彼が流したものなのかもしれない。他ならぬ自分たちを罠に嵌めるために。
(私たちは、敵が潜んでる場所にまんまと誘き出されたってこと……!?)
あの倉庫内からの叫びも、わざとこちらに聞こえるように潜んでいる敵が演技をしていたのだろう。わざわざ子供の話題を出しこちらの士気を煽ったのである。
するといつの間にか外にも敵が取り囲んでいた。
一体どこから現れたかと思っていると、彼らもまた少し離れた用水路から出てきていた。どうやらこちらが用水路を使うことまで想定していたのだ。
何もかも考えが甘かった。完全に葛杉の手の上で踊らされてしまっていたのである。
倉庫内に入った仲間たちが次々と倒され、外に待機していたくりなと二人の仲間は、十人以上の敵に囲まれてしまっていた。逃げ場など皆無だ。当然強行突破などできようはずがない。
残った仲間の二人も自分たちの敗北を察し恐怖で身体を震わせている。それでも何とか立って武器を構えているのは、なけなしの意地がそうさせているのかもしれない。
そして反撃しようと突っ込むが、それも虚しくあっさりと倒されてしまう。もう一人の仲間も、怯えて固まっているところを背後から不意打ちを受けて地面に伏した。
これで残ったのは、くりなだけとなってしまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます