第56話

 小色と理九それぞれが修練を始めてそこそこ経った。


 そろそろ実戦訓練しておこうかと考え、外からゾンビを捕まえてきて、そいつらと戦闘させて経験値を積ませる。そうしておけばいざ、ゾンビと戦うことになっても躊躇しないで対応することができるからだ。

 ということでゾンビを捕縛しに本土へと向かったのはいいのだが……。


「今思ったけど、ゾンビを島に連れて行くのは止めといた方がいいかもなぁ」


 小色たちを見ると空気感染しているわけではなさそうなので、近くにゾンビがいてもゾンビ化するわけではないだろうが、それでもゾンビがウィルス性を持っているとすると、他の動物、虫、植物などに感染し、それらが突然変異を引き起こすことも十分考えられる。 


 そうなれば島の平和が破られることになる危険性が高い。

 実際犬やナメクジが変異を起こしているのだから十分に考慮される見解だ。


「となりゃ、どこか手頃な場所を探すっきゃねえか」


 別にそのままゾンビいる街中に二人を配置して戦わせることもできるが、まだ経験も浅いしいきなりそんなとこで戦えといっても難しいだろう。それにイレギュラーも起こりやすい。だからある程度の安全を確保した場所が望ましい。


「ん~でっかい闘技場とかねえかなぁ……あ、そういやドームがあったっけか?」


 この街中には野球場があったのを思い出す。しかもドームになっているから、上空からは敵は侵入してくい。それに周囲を見渡しやすいから何かあった時も、素早く対処することが可能だ。

 そう判断すると、さっそくドームへと向かうことにする。


 しかし――。


「うわぁ……」


 ドームを目の前にして思わずそんな声が出てしまった。

 何故ならドームはすでに半壊しており、天井が押し潰されてしまっているからだ。


「まあ、そうだよな。ここだけ綺麗な形で残ってるわきゃねえか」


 頑丈な造りであるはずの建物が軒並み倒壊している中で、ドームだけが無傷なんて有り得なかった。


「しょうがねえな。ここは面倒だけど俺が造るか?」


 先に見せた土属性の魔法を使えば、ドーム型の空間を作ることだってできる。これなら最初から作った方が良かったかもしれない。 

 とはいえ次はどこに作るかであるが……。


(ここら辺を一旦更地にしてもいいけど、誰かに見られても面倒だしなぁ)


 すでに以前小色たちが世話になった時乃たちには見られてしまっているので今更な気がしないでもないが。

 とりあえず街中を散策しながら、人気の無さそうな都合の良い場所を探すことにした。


(いっそ北海道とか……いや、いちいち行くのめんどいな)


 できるだけ島からは近いところがいい。


(勇者がいりゃ移動も楽だったんだけどなぁ)


 勇者が所持する魔法は、超一流の魔法使いと比べれば、その種類は微々たるものだ。

 しかし勇者にしか扱えないとされている魔法が存在し、その中の一つには任意の場所に一瞬で移動することができる、いわゆる転移系の呪文があるのだ。


 それを駆使すれば、どれだけ遠くだろうと一度訪れたことのあるところならいつでも瞬時に向かうことができるのである。

 異世界にいた時は、その呪文のお蔭でどれだけ時短になったか。今思い返せば一番活用した呪文だと思う。


 それに戦闘でも使い勝手が良く、一瞬にして敵背後をつけたり仲間を迫る危機から逃したりと数知れず行使された。

 もちろんできるなら日門も身に着けたかったが、勇者専用の呪文を扱うことはできなかったのだ。他にも聖女専用の浄化呪文など、個人のみが扱える呪文の習得は、いくら《魔道具》と化した日門にも使用不可能だった。


(まあ、高速で移動できる手段がないこともないけど……)


 今後は、それも行使した活動を視野に入れておく必要があると思うが、あまり乗り気ではない。それは日門にある原因があるのだが、それはまた今度考えるとしよう。


「……お、ここなんかどうだ?」


 そこも当然ながら、地面が隆起して亀裂などが走っている場所ではあるが、周りに人気がおらずゾンビはいるが処理するか、捕縛して訓練用にしておけば問題ない。

 ここは元々広大な畑だったようだが、作物はすでに荒らされていて畑としての役割も失われているようだ。


 ここなら面積は広い上に、余計な建物もないから更地にしようがトラブルは起こらないはず。人の気配もないのでこちらとしても都合が良い。


「んなわけでまずはさっそくゾンビの対処といきますかね」


 とりあえず《ボックスリング》から、頑丈な異世界製のネットを取り出し、空を飛びながら地上で蠢く奴らをネットの中へと確保していく。

 このネットは異世界に生息するアビススパイダーというモンスターが吐く糸で編まれたもの。


 粘着性のない縦糸を用いており、伸縮自在で強度も鉄のように頑丈なので、凶暴なモンスターの捕獲用に使用されていた。

 ただアビススパイダー自体が個体数も少なく稀少なので、このネットもかなりの高額品である。日本円にすると、縦二十メートル横二十メートルのもので一千万近くするのだ。


 しかしながら耐久性も高いし、火の中だろうが水の中だろうが使えて、劣化もしない半永久性も持ち合わせているので人生一度の買い物ということもあって重宝されている。

 これならゾンビの腐食も耐えてくれるだろうとの判断だ。


 そして予想した通り、ゾンビに噛まれても引っ掛かれてもネットは腐食もしなければ傷もついていない。これならば問題なく拘束し続けることができる。

 ということで、ある程度のゾンビをネットの中に押し込んで放置し、次は訓練場の整形を行うことになった。


「――《土の城壁》!」


 以前使用した同じ呪文を行使し、大地を思うように変化させていく。

 一瞬にして、その場を高い城壁で囲まれた空間に造り上げた。もちろん隆起したり亀裂が走っている場所も整えて平地に戻している。


「うし、あとは出入り口と……あ、屋根どうすっかな?」


 そのまま土で固めてもいいが、それでは何となく息苦しい感じがしてしまう。せっかくだから屋根くらいは少し凝ってもいいかもしれない。

 こう見えても結構凝り性な日門は、それから数時間をかけて手作りのドームを完成させたのであった。



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