第57話
「…………………何コレ?」
目の前にデカデカと佇むドーム状の物体を目にしながら、理九は顔を引き攣らせつつ言った。かくいうその隣にいる小色も言葉を失ったまま固まっている。
二人の目前には、重厚な外壁に覆われた建造物があった。その規模はここらいったいを埋め尽くすほどであり、ポツンと佇むその光景はまさに異物感を与える。
「だからここに来る前にも説明したろ。簡単言や――訓練場だな訓練場」
「ここは確か畑……だったよね? 何で、いつ、こんなものが建てられてんの?」
「だから、ついさっき俺が建てたって言ったろ」
「いやいやいやいやいやいや! さっき建てたって、一日もかからずにこんな野球場みたいな巨大建造物を建ててるんじゃないよ! もう僕の常識は君のせいで覆されまくりだからね!」
早口で捲し立てたせいか、ぜえぜえと息を乱している理九。
「そうはいっても魔法を使えば簡単だしなぁ」
「異世界の住人の恐ろしさを改めて実感するよ……」
「あ、勘違いすんなよ。こんなことできるのは多分俺や師匠くらいだしな」
「え? そうなのかい?」
「一流の魔法使いでも、数時間でコレを完成させるのは無理だな。絶対途中で魔力が枯渇してぶっ倒れちまう」
これほどの規模の建造物を造ることは、一流の魔法使いなら難しくはないだろう。しかしそれを短時間でしろと言われても無理がある。
何せ魔法を扱うには魔力を必要とするのだ。魔力だって個人個人の器に収まった量しかないのである。それが使う度に減り続けるのだから、数時間も使い続けて無事なはずがない。枯渇して倒れるのがオチである。
「なら一体君の魔力量はどうなってるのさ……」
「わ、わたしも気になります!」
二人は実に脅威がおありの様子。別に隠す必要がないので教えることにした。
「そうだな。師匠曰く、一般的な魔法使いが有する魔力量を数値化し、〝10〟だとする」
二人がフンフンと頷きを見せる。
「んで、一流って呼ばれる魔法使いは、平均だと〝30~100〟くらいらしいな」
「なるほど。三倍から十倍か。それでも十分凄いな」
確かに理九の言う通り、言葉で言うのは簡単だが三倍という数値だけでも大したものなのだ。
「そして超一流、いわゆる師匠クラスなら〝500〟以上はあるみてえだぜ」
「一流の上限のさらに五倍……か。とんでもないな。けど超一流というくらいだから、稀少な存在なんだろうね」
「まあな。ちなみにそん中には勇者や聖女も含まれてる」
「……あれ? じゃあ日門さんもそこに含まれてる……ということですよね? 550とか600くらいですか?」
「いーや小色、この男のことだから1000くらいはありそうだぞ」
二人が楽しそうに予想しているが、まったくもって的外れだった。
「俺か。俺の魔力量は――――――〝80000〟だ」
「へぇ、80000か…………って、は、は、は、80000!?」
理九は愕然と大口を開け、小色もさっきと同様に絶句状態である。
「そ、そ、それは何の冗談だい? からかってるんだよね?」
「何で嘘つかねえといけねえんだよ。マジだマジ」
「いやいやいやいやいや! 80000だよ! ザッと計算して超一流の百六十倍なんだけど!?」
「おぉ、計算早いな、さすがは理九」
別に難しい計算ではないが、パニック状態のままでも素早く計算できることが見事である。
「……ちなみにこの建造物を造るのに必要とした魔力量ってどれくらいなんだい?」
「ん~2500くれえ、かな?」
「それでも普通に考えれば凄いんだろうけど……君の魔力量からすると一割にも満たないわけか」
そういうことだ。2500も必要とするから、通常であれば何日かに分けて作業するか、複数の魔法使いを起用するかだ。一人で行おうとすれば、師匠ですら一日以上はかかる。
(まあもっとも、師匠の場合は反則的なアイテムとか使うから実際は一日かからねえけどな)
持ち前の魔力量だけではすぐに枯渇する。だからそれを補うためのアイテムを使えば、より効率的に作業を行うことだって可能なのだ。
「で、でもさすが日門さんです! やっぱり召喚された異世界人というのは漫画みたいに特別な何かがあるんですね!」
「ウハハ、まあ結果的にそういう事例が多いのは確かみてえだな。俺だってこんなに魔力量があるとは思わなかったしな。けどこれで納得できたんじゃねえか。俺が何が何でも魔法を扱えるようになりたかったわけがよ」
「! ……そうだね。たとえば一流程度しか育たない魔力量ならば、君もあんな非人道的な改造は望まなかったかもしれないか。けどこれだけの魔力。使わないなんて宝の持ち腐れでも何でもない。もし扱うことができればそれこそ天下無双の力となり得る。だから君は……」
理九の見解通りだ。他の者ならばどうだろうか。所持品に魔王すら粉砕できる伝説の武器があるとして、それを装備すれば無双することができる。最強の力を得ることができる。
しかし今の状態では振るうことができない。そのままでは一生装備することが不可能なのだ。そんな最強の武器が傍にあるのに、わざわざ普通の剣を手にして戦うだろうか。
もしそれで死んだ時、あるいは大切なモノを守れなかった時に絶対に後悔する。あの武器は今もここにあるのに何故使えないのか、と。
だったら日門の答えは簡単だった。どんな手段を講じてでも、この武器を使えるようになる。それが元の世界に戻るための最短だと信じていたからだ。
これがそこそこ強い程度の武器ならば、その武器の装備を諦め、他の方法を模索したことだろう。しかし絶対最強になれる武器だと知っているならば、見て見ぬフリなどできない。たとえそこに辿り着くまでの道程がどれだけ険しかったとしても、最短で真っ直ぐ突き進むべきだと心に決めていたのだ。
だからあの改造にも耐え抜くことができたというわけである。そこに約束された勝利があると確信していたから。
「ま、んなことどーでもいいじゃねえか。それよりもお前らにはさっそくこん中に入って訓練してもらうぜ」
ニヤッと白い歯を見せて日門は笑った。
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