第35話
久しぶりに見る小色の表情は、まるで幻でも見ているような色を宿していた。それはそうか。いきなり再会したのもそうだが、そこが地中の中で周りはバケモノだらけ。
けれど日門にとっては何となく既視感めいたものを覚えていた。
何故なら初めて会った時も、こうして危機一髪のところを助けたのだから。
見れば地に伏せる理九の姿も見える。ボロボロのようだが致命傷などは負ってないようなのでホッとする。
小色を宙で抱えたまま、風の流れを利用して理九のもとへと降り立つ。そして《ボックスリング》から小瓶を取り出すと、それを理九へと投げた。
理九は半ば呆然としながらも、投げられた小瓶を「わわっ」と声を上げながら受け止める。
「それを飲め、理九。怪我が治る」
「ひ、日門……だよね?」
「ああ、間違いなくな。ていうかさっさと飲め」
少し急がせると、理九もそれ以上追及することなく小瓶の蓋を取って、その中身を一気に口内へと流し込んだ。すると理九の身体に刻まれた擦り傷や火傷などが徐々に治癒していく。
「こ、これは……!?」
「異世界産の不思議アイテムだよ。説明はまあ、後でな。とりあえずコイツで他の連中の傷も治してやれ」
いわゆる回復ポーションという種類のアイテムである。それらを幾つか理九に渡し、先ほど巨大ナメクジを吹き飛ばした際に、風の刃で触手を全て切断して助けた連中の傷を治すように言った。
貴重なポーションでもあるので温存した方が良いだろうと言うかもしれないが、この状況で温存は悪手になりかねない。というよりもあちこちに守るべき連中がいる現状は、正直言ってこれから行う戦闘には邪魔でしかないのである。
……というか。
「……おい、小色?」
「…………」
「…………こら、おチビ」
「お、おチビじゃないですよぉ!」
ようやく反応を返してくれた。何故か今までずっと夢半ばのような状態だったが、正気に戻ってくれたらしい。
小色をそっと降ろすと、涙目でこちらを見上げてくる。
「悪かったな、遅くなっちまって」
零れそうな涙を親指で拭いてやる。
「っ……日門……さん……日門さんっ!」
感極まったように抱き着いてくる。そして遠くで他の連中を治療している理九が睨んできていた。
「はいはい、感動の再会はまたあとでな。ほれ、コイツを頼むわ」
そう言ってフードの中にいたハチミツを差し出す。
「えっ、ね、猫さん!?」
「ハチミツってんだ。コイツに感謝しろよ。コイツがいたからここにお前さんたちがいるって分かったんだしよ」
「そ、そうなんですか?」
そう言いながらハチミツを優しく抱き留める小色。ハチミツも大人しく受け入れているということは、本能で小色が悪い人間ではないことを察したのだろう。
「諸々の説明はあとな。ほれ……来やがった」
視線を向けると、そこには先ほど吹き飛ばした巨大ナメクジが近づいてきていた。
しかもその身体の色が徐々に緑色から紫色へと変わっていく。
(何かしらの特異体質でも持ってるってか?)
それは異世界で培った直感。
「小色、理九たちと一緒に離れてろ」
「で、でも日門さん……」
「安心しろって。この俺を誰だと思ってんだ? この世界でただ一人の魔法使いだぜ…………多分な」
少し茶目っ気を入れつつ、小色の頭を撫でつける。するとどこか安堵したように頬を緩めた小色は「気を付けてください!」と言って離れていく。
そんな小色に向かって、巨大ナメクジの触手が伸びる――が、
「おっと、それはいけねえなぁ」
炎を纏った手刀で、サクッと触手を切り飛ばしてやった。
するとイラついたのか、巨大ナメクジの触手がすべてこちらに向かってくる。それを一つ一つ《炎武》によって無力化していく。
「うわ、すご……日門って、あんな戦い方もできたんだな」
「う、うん。火を両手両足に纏って、何か踊ってるみたい……キレイ」
理九や小色は、日門の強さについて知ってはいたものの、初めて見せる《炎武》に半ば見惚れている。
日門に襲い掛かるのは触手だけでなく、小ナメクジもだ。飛び掛かってくるが、今の日門にとっては脅威でも何でもない。
その間に、理九たちは解放された者たちを引き連れて大穴へと近づいていく。日門はチラリと理九の顔を見ると、理九も悟ったように頷き大穴の奥へと進む。
小色もまた理九についていこうとするが、不意に足を止めて振り返って日門を見る。
日門もまた小色がそこに立ち止まっている姿を目にし、彼女を安心させるようにグーサインを送った。
そんな日門を見て、小色も意を決したかのように、
「待ってますから!」
と言葉を送ると、今度は振り返ることもなく理九を追って行った。
道案内はハチミツに任せれば大丈夫だろう。あとはこのバケモノを倒すだけ。
しかし少し気を逸らしていた隙を突かれ、巨大ナメクジから飛ばされた粘液を受けてしまい、そのまま壁に磔にされた。
すぐに脱出しようとするが、身体が痺れて動かなくなる。
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