第34話

 一体どこからナメクジがと小色が困惑していると、誰から「上だ!?」と叫んだ。見れば、天井に開いた小さな穴から次々とナメクジが出てきて、こちらにボタボタと落ちてきている。


 もしかしたらあの怪物が、監視用に配置しておいたのかもしれない。思った以上に警戒心の強い生物のようだ。


「た、助けてくれぇぇぇっ!?」


 そうこうしている間も、ナメクジに乗られた男性は倒れたまま救いを求めてくる。すると誰よりも早く行動したのは理九だった。

 彼はすぐにライターに火を点けると、その火を向けながらナメクジに近づいていく。するとナメクジは、火が接近してくることに気づくと、男性の身体の上から逃げるようにして距離を取り始めたのだ。


「よし! やっぱり火に弱いんだな、コイツらは!」


 粘液もそうだったからナメクジも耐火特性がないとは限らないが、これはこちらにとって嬉しい情報だ。すると掴まっていたメイドや男性の中には、マッチやライターを所持している人がいたようで、理九を見てさっそく火を点けて身構えた。


「皆さん、固まってください!」


 理九の言葉に従い、この場にいる全員が一つに集い、火を前に突き付けてナメクジたちを牽制する。

 これで下手に飛び掛かってくることはないが、それも時間の問題なのは痛い。こうしている間にも、騒ぎを聞きつけた怪物が戻ってくるかもしれないし、ライターやマッチの火だって無限ではない。


 それこそここにガソリンやオイルでもあれ、火の壁を作ることができるが、そんな都合の良いものはここにはない。


(わたしも……日門さんみたいな魔法が使えたら……!)


 そう願うが、この世に存在しないものは使えない。日門が特殊過ぎる人生を送っているだけだ。それでもやはり無いものを願ってしまうのは人間の性だろう。

 するとその時、理九が小色を見て眉間にしわを寄せる。


「こ、小色? お前……そこ……何で光ってるんだ?」


 理九が指を差したのは、小色の胸元だ。小色も「え?」と思って顔を下に向けると、確かに服を通して淡く発光していた。

 一瞬驚いたものの、思い至ったことがあり、胸元からあるものを取り出す。それは日門にもらった例の石だった。石の中心から強い光が放たれている。


(何だろう……この光、とってもあったかい)


 これを身に着けていれば、いつも日門が傍にいるような温もりと安心を得ることができた。そして今、その温もりとは違う熱をハッキリと感じる。


「これって……」


 ただ、どうして光っているのか分からないので戸惑っていると……。


「「「「キリキリキリキリキリィィィッ!」」」」


 ナメクジたちが、一斉に聞いているだけで不快になるような鳴き声を上げ始めた。

 皆が「何だ何だ?」と焦りを表に出していた直後――ソレはやってきた。

 大穴から巨大な物体がのっそりと現れる。そう、例の怪物が戻ってきたのである。


 するとナメクジたちは鳴き声を止めた。恐らく怪物を呼び込むための行動だったのだろう。しかしこれで最悪の事態が襲い掛かってきた。

 大穴を塞ぐようにして、小色たちを見降ろす怪物。その姿は確かに巨大なナメクジだが、これだけ大きければもう怪物……いや、怪獣そのものだ。


「マズイ! みんな、逃げるんだっ!」


 何かを察知したのか、理九が叫んだ直後に怪物から例の触手が複数伸び出てきた。その速度は普通の人間では反応できないほどで、瞬く間にほとんどの者たちがその身体に巻き付かれてしまう。

 小色もまた触手の餌食になるかと思われたが、その前に理九が立ちはだかる。このままでは自分の代わりに兄が捕らわれてしまう。


「ダ、ダメェェェェッ!」


 小色が悲鳴にも似た叫びを上げた直後、両手で握り締めていた石が眩い光を放ち、それと同時に小色の周囲を覆うようにして放電が走った。

 それはまるで雷撃の壁とでも言おうか。伸びてきた触手が触れた瞬間に感電し動きを止める。そのお蔭で、壁の内側にいた理九も無事だ。


 怪物は一瞬身体を硬直させると、素早く触手を戻して様子を見てきた。


「……え? ええ? こ、小色? それは……?」


 当然自分たちを守る放電現象に対し、疑問を抱く理九。そして自然と、眩い光を放ち続けている小色の持つ石を見て眉をひそめた。


「わ、分からないよ! いきなりこの石がバチバチってなって!」

「も、持ってて大丈夫なのか、それ?」

「う、うん……熱くもないしビリビリもしないよ?」


 本当に不思議だが、明らかに石から放電しているにもかかわらず小色に衝撃はない。


「それって確かアイツにもらったヤツ……だよな?」


 小色がコクリと頷くと、理九は思案顔を浮かべる。


「異世界の石……まあ、だとしたらこんな凄い力を持ってても不思議じゃないけど……」


 確かに理九の言う通りだが、まさかこのような身を守る術が宿っているとは思わなかった。

 今も怪物は壁を囲うように触手を配置しているが、雷に……というより熱に弱いせいか攻撃はしてこない。


 これで自分たちは一時的にも安全かもしれないが、捕縛された者たちはいつ捕食されてもおかしくはない。しかしここで自分たちにできることはハッキリ言ってない。


「なあ小色、この雷って自在に動かしたりはできないのか?」

「えとえと……」

「ちょっと操作しようとみてくれ」


 これがいわゆる魔法と呼ばれるものならば、操作できるのもおかしくはない。もっとも漫画などの知識から推測しただけの話だが。

 だからそれに倣って、心の中で自在にコントロールしようと念じてみるが……。


「…………ダメみたい」


 壁のまま固定化されているかのようにウンともスンとも言わない。


「ったく、日門の奴、こんな力があるなら、渡す時に話してくれてれば良かったじゃないか」


 愚痴を零す理九だが、それでも間一髪で救われたのも事実なので複雑な様子だ。

 するとそれまで様子を見ていた怪物が、とんでもない攻撃方法に打って出てきた。それは触手でナメクジを掴むと、こちらに向かって放り投げてくるというもの。


「きゃっ!?」


 思わず悲鳴を上げたが、壁は優秀だったようでナメクジを弾いていく。しかしそれでも怪物が手を緩めず、何度の何度もナメクジを投擲してくる。

 これでは埒が明かないと思ったのか、怪物はさらにとんでもない所業を行う。


 あろうことか掴んでいる人間を投げつけてきたのである。まさかそんな知恵まであるとは厄介極まりない存在だ。

 このままでは飛んできた人は感電し、下手をすればそのまま……。


「お、お願い! 壁を消してっ!」


 願いが通じたようで、一瞬にして雷撃の壁が消失した。そして飛んできた人は、何とか理九が受け止めて事なきを得た。

 しかし次の瞬間、小色へと触手が伸びてきて、その手を弾かれたことで石を手放してしまった。


「あっ……!?」


 そう声を出した直後に、今度は身体に触手が巻き付き引っ張り込まれる。


「こ、小色ぉっ!」

「お兄ちゃんっ!」


 二人が同時に手を伸ばすが、それが繋がることなく小色は捕縛されてしまった。


「うぐっ……く、苦しい……っ」


 身体を締め付けてくる触手が徐々にその圧力を増してくる。


(わたし……死ぬの…………かな?)


 絶体絶命な状況の中、最悪な未来が脳裏を過ぎる。自然と涙が流れ出てきて、恐怖と悲痛が全身を包み込んでいく。


「嫌……だよ……死に………たくな……い……よぉ……」


 今も理九が必死に助けようとこちらに向かってくるが、触手に遊ばれているのか、何度も殴打されて地面を転がっている。


(誰か……)


 助けて欲しいと願いつつも、こんな場所に誰がやってこれるか。それでも小色の頭の中に浮かんだ一人の青年の姿。彼ならばもしかしたら……。

 そんな都合の良いことがあるわけがないと思いながらも、小色はその名を呼ぶ。


「――――日門……さん…………日門さぁぁぁんっ!」


 刹那、凄まじい暴風が吹き荒れたと思ったら、触手が切断され、怪物が壁際へと吹き飛んでいった。

 フワリと宙に浮かんだ小色を、そっと人の温もりが包む。


 見れば目の前には――。


「――――よ、元気そうで何よりだ」


 ――一番会いたかった人の笑顔があった。




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