第11話

「そんで、一カ月間の冬眠を経て、俺は晴れて魔法を扱える身体になったってわけだ」

「…………はぁ。よくもまあそこまでしようと思ったね。僕だったら怖くてできないや」

「わ、わたしも魔法には興味あるけど……やっぱりちょっと怖いです」


 二人の反応は普通だろう。実際にこの話を聞いた時は日門だって躊躇はした。しかし神の望みを叶えると異世界に行くと言った手前、何もせずに異世界に骨を埋めることはできなかった。


 一応約束した以上は、それを裏切ってしまうのは己の信念に反することだったからだ。だからどうしても魔法を扱うための手段を得る必要があったわけだ。


「ただそれでもまともに魔法は扱えなかったんだけどな」

「「……へ?」」

「ははは、いやぁ、俺ってば《魔核》から魔力を引き出す才能はあったみてえだけど、そのコントロールが下手でよぉ」

「ど、どういうことなんだ? コントロールが下手って、下手だとどうなるのさ?」

「簡単にいうとだ、魔法が発動しなかったり、暴走したり、つまり思った通りの魔法が扱えないってことだな」


 魔力コントロールが苦手なタイプも異世界には普通に存在する。だから修練して鍛えるのが通例なのだが、どうも日門はその普通の修練でさえも困難だった。


「おいおい、じゃあどうやって魔法を身に着けたっていうのさ?」

「わ、わたしも気になります!」


 日門は二人に見つめながら肩を竦めると、まずは魔法の発動について説明し始める。


「魔法を発動するには、幾つか流れが存在する。小色、分かるか?」

「え、わたしですか! えとえっと…………詠唱とか、ですか?」

「おお、さすがはオタク美少女、正解だ」

「びしょっ……えうぅ」


 褒められて気恥ずかしそうにする。そんな彼女をよそに日門は続ける。


「小色の言ったように、基本は呪文などを詠唱して発動する。他は分かるか? 理九は?」

「む…………詠唱があるなら無詠唱もあるんじゃないかな?」

「そうだな、それもある……が、無詠唱は極めて珍しい手段で、できる奴はかなり限られるな」


 魔法の達人にしか到達できない熟練者の証である。

 他にないか尋ねると、理九は分からないようで首を左右に振っているが、小色は「はい!」と勢いよく手を挙げた。


「よし、じゃあ小色くん、どうぞ」

「はい! 多分ですけど、魔法具というか、魔法の力を宿したアイテムとかを使うのではないでしょうか!」

「大正解だ! そんな君にはこの異世界で拾ったクリスタルをやろう」


 そう言ってポケットから取り出した薄紫色に彩られた小さな鉱石を渡した。


「い、異世界の!? ほ、本当にもらってもいいんですかぁ!?」

「はは、いいのいいの。他にもまだあるしな」

「はわわわわぁ……!?」


 クリスタルを両手で大事そうに抱え、それを興奮した様子で見入っている小色。


「今、小色が言ったようにアイテム――《魔道具》を利用して魔法を発動することもできる。そんで、この《魔道具》の仕様こそが、俺が魔法を扱えている根幹になってんだよ」

「? じゃあ君は《魔道具》を使って魔法を発動させてるってわけかい?」


 理九の問いに対し、日門は微笑しながら答える。


「そうとも言えるし、違うとも言えるな」

「また分かりにくいことを……どういうことなのさ?」

「俺は《魔道具》を利用しているって言えるが、そうじゃないとも言えるってこと」

「いや、それ全然分かりやすくなってないから」


 自分ではヒントを与えたつもりだが、さすがにこれでは分からない様子。


「そうだなぁ、もっと詳しく説明するとだ、《魔道具》は何故魔法が発動できるか。それは《魔道具》には呪文が刻み込まれているからだな」

「呪文……? ゲームとかで言うファイアボールとか、テレポートとか、そういう魔法名のこと?」

「お、それくらいは知ってんだな」

「俺だって小色には及ばないけど、それなりにゲームや漫画は好きだしね」


 見縊るな的な感じで口を尖らせる理九に、男ならそれもそうかと納得する。


「理九の言ったように、呪文は発動する魔法名だな。向こうでは文字には力が宿るとされていて、そこに魔力を付与してアイテムに刻み込む。そうすることで、刻まれた呪文を魔力を媒介にして発動することができるんだよ」


 魔力を付与した文字のことを《魔文字》といい、《魔道具》を作る人物のことを『魔道具技師』といった。彼らの持つ技術は遥か昔から伝わってきた古の技術とされ、扱うことができる者も少ない。さらに優秀な《魔道具》を作るには、それこそ勇者や聖女のような優秀な血統が必要とされた。


「だから優秀な『魔道具技師』を有してる国は強いぜ。各国がその血を求めて戦を起こすほどにな」


 それもそのはずだ。優秀な《魔道具》は大きな戦力にも繋がる。またそれらを他国へ多額で売りつけることもできる。だからこそ製作できる者を懐に入れれば、自ずと自国の利益になるというわけだ。


「だから俺も自分で魔法を発動できなくても、《魔道具》を使うことでまともに魔法を使うことが可能になるわけだ」

「……ちょっと待ってくれ。今の言い方だと、やはり君は《魔道具》を使って魔法を発動してるってことにならないかい? けど……違うん……だよね?」

「確かに分かりやすい杖とか本とか、そういった魔法使いにありがちな装備品を身に着けているようには見えないよな、俺ってば」


 二人がコクンと頷く。だがそこへ目ざとく小色が声を上げる。


「あ、日門さんの右手の人差し指にハマってる指輪……もしかしてそれが?」


 彼女の言う通り、間違いなく日門の指には指輪が装備されている。とはいっても、細いものではなく一センチメートルほどの幅があり、奇妙な幾何学文様が白で描かれている全体的に黒いリングだ。



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