第12話
「ああ、よく気づいたな。このリングもまた《魔道具》だ。ただしコレは戦闘用じゃないし、さっき見せた魔法とは別の魔法が込められてる」
そう伝えた直後、眼に見えて興奮する小色。その目の輝きから手に取ってジッと観察してみたいことは重々伝わってきたので、苦笑を浮かべながらもリングを外して渡してやる。
「え、さ、触ってもいいんですか!?」
「別に構わねえよ。危険なものじゃねえし、今の小色には発動させることもできねからな」
まあ発動したところで本当に害を成すものではないので安全ではあるが。
「わぁ……よく見れば宝石みたいに綺麗ですね。それにこの模様……あ! もしかしてこの白い模様が呪文ですか!?」
「またまた大正解だ。てか、マジでよく分かったな」
褒めてやると嬉しそうにはにかんでいる。満足したのか、リングを返してくれた。
「とまあひとまずこのリングについては置いといて、だ。話を戻すが、理九が聞いてきたように俺は間違いなく《魔道具》を使って魔法を発動させてる」
「え? でもそれらしいものはもう身に着けてないみたいだし、それに君は《魔道具》を使っていないとも言えるとか変な言い方してなかったっけ?」
「はは、ちょっと意地悪な言い方だったよな。けどまあ……実際にそうだしなぁ。俺的には《魔道具》を使ってるつもりでも、向こうの世界じゃ《魔道具》とはまた別の異端な方法だって見解なんだよ」
ここまで話し、小色は可愛らしく首を傾げたまま考え込んでいるが、いまだ正解には辿り着いていない様子。対して理九はというと、日門とその指に嵌められているリングを何度も何度も見返し、「《魔道具》だけど《魔道具》じゃない……異端?」と、ブツブツ呟いている。
そして、ハッとした顔をしたと思ったら、信じられないといった感じで口を開く。
「!? ……ま、まさか……いや、でもその方法なら辻褄が合うし、何よりも確かに……異端っぽいしな」
「お兄ちゃん、もしかして分かったの? 教えて!」
「えっと……い、いいのか?」
「おう、別に隠すことじゃねえしな。それに正解かまだわかんねえし」
とは言ったものの、何となくだが理九は真実に気づいたような感じがしている。
日門と小色の視線を一身に受けながら、一つ咳払いをしてから理九が説明し始める。
「……多分だけど、日門……君が――――君自身が《魔道具》なんじゃないのかい?」
その言葉に、小色は衝撃を受けたような顔をして、すぐさま日門に視線を向けた。
今度は日門が二人の視線を真っ直ぐに浴びながら、二ッと口角を上げて答える。
「超大正解だぜ、理九!」
クイズに正解し、本来なら喜ぶのが普通だが、理九も小色も不安そうな表情を見せていた。
(……ったく、優しい奴らだな)
日門はそんな二人を見て、彼女たちをそう評価した。だから早々に彼らの不安を取り除いてやろうと思う。
「安心しろって。別に体調に問題とかねえしな。まあ確かにリスクはあるけどよ」
「やはりリスクはあるのか。いや、さっき聞いた《魔核》の埋め込みでさえ異端な方法だったはず。それに加えて自身の《魔道具》化なんて、普通だったら無理ができるのは当然か」
思った以上に鋭い分析力を持つようだ。もしかしたら研究家気質なのかもしれない。向こうの世界でも、マッドな連中に重宝されるだろう。
「そのリスクもちゃーんと乗りこなしてるから安心だって。これでも一応は一つの世界を救った人間の一人だしな」
「!? やっぱり日門さんは世界を救った英雄だったんですね! わぁぁ~」
そんな感動したように見つめないでほしい。照れるから。
「あ、でも本当に身体は大丈夫なんですか? よくこういった異端な方法で力を手にしたら寿命が縮むとか、感情が消えるとか、そういう副作用があるのがお約束ですし」
「ははは、小色はマジでファンタジー好きなんだな。けどそんなおっそろしいリスクなんてねえよ。だから心配すんなって」
心配して近づいてきた小色の頭を撫でながら言うと、彼女はブルっと身体を震わせて恥ずかしそうに「えぅ……」と顔を俯かせている。
「おいこら! 小色に触るんじゃない!」
「おっと悪い悪い。つい、な」
小さい子供が不安がっていると、思わずこうして撫でてやりたくなる。昔から子供好きだったし、将来は学校の先生か保育士になろうかと考えていたくらいだ。
「ったく、それで? 君が自分自身を《魔道具》として魔法を発動させてるってことは、その身体には呪文が刻まれてたりするのかい?」
相変わらず鋭い。感服するほどに。
日門は微笑を浮かべたまま、その場で上着を脱ぎ始めた。
「ひゃわわわわわ!?」
当然小色が真正面から男の肌を見せつけられて驚いているが、彼女には我慢してもらい、上半身を裸にしてからサッと背中を彼女たちに向けた。直後、その背中を見た理九たちは息を呑む。
何故ならそこには、びっしりと《魔文字》の羅列が書かれていたからだ。それはまるでこの世界においての刺青のようだが、何か絵を描いているのではなく、ただただ異世界の文字が円を描くようにして何千文字と細かく刻まれていた。
その姿を見た二人はしばらく言葉を失って見入っている。そして先に口火を切ったのは理九だった。
「……い、痛くはないのかい?」
「今は、な。けどこれを入れる時は激痛だったぜ、さすがにな」
何せ通常、アイテムに刻み込む文字を、人間の肌に刻むのだ。しかもただの文字ではなく魔力がこもったもの。たった一文字を刻むだけでも、まるでバーナーで焼き付けられているような痛みと熱が走るのだ。
実際何度気絶したことか。正直いって思い出したくもない。しかしコレのお蔭で、ようやくまともに魔法を発動させることもできるようになり、日門の戦闘力は大幅にアップし、こうして無事に生還し地球に戻って来られたのだから、今では感謝している。
すると生温かい感触を背中に感じた。見ると、小色が若干震えた手で触れていたのだ。それは何とも優しい所作で、生まれたての小動物を扱うような手つきだった。
「……これは……きっと日門さんが一生懸命頑張った証……なんですよね」
不意に胸が締め付けられるような感覚と同時に目頭に熱がこもった。
「そして……いっぱい日門さんの助けになったんですよね。ありがとうございます、日門さんを助けてくれて」
まるで母が愛しい我が子を撫でるように、小色が日門の背中を擦る。
「小色……」
そう呟いたのは理九だ。彼も何か思うところがあるのか、先ほどみたいに怒鳴ってこない。
(……本当にコイツは……)
きっとこの胸に去来する想いは喜びに近いものなのだろう。異世界ではこの背中を見ると、決まって誰もが嫌悪感を露わにしてきた。それだけ自分の身体を傷つける行為というのは忌避されているからだ。
勇者もまたこの背中を見て良い顔はしなかった。たった一人、聖女だけが悲しんではくれたが。しかし今思えば、誰も日門の覚悟を認めてくれなかったように思う。
だが、小色だけが〝頑張った証〟として認めてくれた。だからだろうか、つい涙腺が緩みそうになってしまったのは。
日門は彼女たちに背を向けたまま上着を着てから向き直る。目の前には優しい女の子が立っている。
「……あんがとな、小色」
それは心からの言葉だ。この優しい小さな少女に、どうしてもそう言いたかった。
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