第7話 第一盗賊発見_2



「なんか音がしなか――」


 周囲を見回しながら出てきた男の側頭部に、思い切り木の棒を突き出した。


「ぶぇっ!」


 がんっと確かな手ごたえが両手に伝わってきて、引き返せないと実感する。

 人を殴ったことなんてない。なかった。

 死んでもいいなんて気持ちで人の頭を殴れたのは酒の力があったからだ。やらないとこっちが死ぬんだから。


「くそっ!」

「この野郎!」


 仲間が耳から血を流して倒れたのを見て、他の連中は一度飛び退いた。

 しょせんは盗賊。仲間を助けるより何より自分の安全が最優先ということだろう。

 相手が下がってくれたから俺も岩陰から飛び出す。



「やるって言うならやってやる! レーマ様の使い舐めんなよ!」

「あぁ? 頭イカれてんのかてめぇ!」

「ぶっ殺してやる!」


 大きな声を出したのは、怖かったから。

 敵が怖いというより、こんな争いごとになんだか興奮してしまっている自分が怖い。

 酔って自制が利かないっていうのはこんな感じか。


 その割りに妙にクリアに周りが見える。

 倒した一人は地面でぴくぴく痙攣。

 後は直剣持ちと曲刀使いが一人ずつ、それと大きめの金棒を両手で持つ腹の出た男が一人。合計三人。



「棒ひとつで息巻いてんじゃねえよ、クソが!」


 横殴りに切りかかってきた剣を木の棒で受け止めた。


「切れねえ!?」

「はっ」


 大した太さでもない木の棒で金属の剣を受け止めるとは思わなかったのだろうが、これは神様からもらった道具だ。折れない。

 驚いて動きを止めたそいつの腹を蹴飛ばした。


「隙だらけだばぁか!」


 素人なのだから隙だらけなのはそうだろう。

 別の男が蹴った態勢の俺を曲刀で斬りつける。

 出血させやすそうな湾曲した刃が、腹の上を滑っていった。


「あん?」

「切れねえよバーカ」

「げふっ!?」


 普通の武器では切れない服。今のが殴りつけるような攻撃だったらよくなかったが、刃は通らない。

 切ったはずが切れないことに困惑した男の腹を、木の棒の先端で突き飛ばした。


「っ!」

「おぉぉ!」


 二人に遅れて大きな金棒を振り上げて襲ってくるデブ男。

 妙に敵の動きがよく見える。身体能力が向上したわけじゃないが、とにかく冷静に。

 動揺してテンパってないのはおそらくレーマ様の酒の効果だと、これも冷静に理解した。もしかしたら間接キスのせいかもしれないが。


 ずぅぅぅん!


 振り下ろされた金棒が地面に叩きつけられる。

 さすがに食らえば一撃で死ぬ。後ろに跳んで逃げたが、地響きが重く響いた。



「ちょこまかとうざってえ奴だぜ!」

「ぶっ殺す! ぜってえぶっ殺す!」


 語彙が貧弱なのは仕方がないとして、三人がかりで仕留められない俺とまだ戦うつもりらしい。

 それもわかる。捕まえられないような圧倒的な強さじゃないのだ。

 もうちょっとでやれる。戦い方は素人同然。恐怖を感じる相手ではない。

 俺なんかせいぜいドッジボールで避けるのが上手い程度の小物。酒の力で精神力が上がっているだけ。

 敵と自分を冷静に見極められるのがどれだけ有効か、初めて知った。



「これでも食らえ!」


 最初に蹴り飛ばした直剣の男が、倒れた時に掴んだのだろう砂や小石を投げつけてきた。目つぶしに。

 続けて曲刀の男が、むき出しの喉を狙って突いてきて、遅れて金棒が横に振り回される。


 順番が違ったらよかったのに、と考えてしまう。あるいは役割が違えば。

 突くなら曲刀より直剣の方がいいだろうし、金棒と剣で俺の態勢を崩してから目つぶしを投げれば避けられなかったかもしれない。


 砂粒を片手で防ぎながら、突いてきた曲刀を棒で払って流す。

 金棒の軌道に曲刀の男の頭がきて、慌てて転がって避けた。

 振り回された金棒は、直剣の男の動きも邪魔しながら岩壁にぶつかってまた地響きを立てた。


 連携も何もない。ならず者の集まりなんてこんなものか。

 地響きで谷の上からぱらぱらと小石が落ちてくる中、軽く嘆息した。俺ってけっこう強いんじゃないか。



「数を減らし――」

「うぇっ!? うあぁぁっ!」


 一人ずつ片付けていきたいな、と思ったところで。

 地面に転がった曲刀の男が狂ったような悲鳴を上げた。


「なんだぁ?」

「?」


 大慌てで、立ち上がることもうまくできないのか四つん這いで、曲刀を拾いもせずに這うように俺の脇を抜けて逃げていく。

 後方。

 俺が最初の不意打ちで横頭を殴りつけた仲間が転がっている方向に何か?


「……」

「禁域の大鋏蟲おおはさみむし……渇きの王蠍おうけつだ」


 側頭部を殴られ、絶命していたかどうかはわからない。

 耳から血を流して倒れたままだったその男は、今はもう生きていない。


 薄茶色の甲殻の巨大な甲虫……両手の鋏の片方で人間の死体を摘まみ上げ、その喉に深々と尻尾の棘を突き刺している。

 体は平べったいが背の高さは俺より上だ。横幅は3メートル以上。



「さそり……?」


 地響きは金棒ではなく大サソリのせいだったらしい。

 盗賊たちの会話からすれば、禁域に生息する恐ろしい魔獣なのだと思う。


 ――人間相手なら平気じゃねえの。


 いやレーマ様。

 こんなの相手は無理じゃないですか。聞いてないですよ。


 さっきまで俺強いかもってイキってた気持ちは完全に冷め、死なない方法を必死で考えた。



  ◆   ◇   ◆

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