第6話 第一盗賊発見_1



 話が通じない。

 言葉が通じないのではなくて話が通じない。


「おらぁ有り金ぜんぶ寄こせ!」

「荷物置いて命も置いていけやぁ!」

「いやだぁぁぁ!」


 丘を下って緑が見える方角へと歩いていたら、茶色のフード付きマントを被った一団と遭遇した。

 初めて出会う異世界人。四人組の集団。

 レーマ様より背が低いせいで少し勘違いしてしまった。小柄な印象で近づきすぎた。目が合い、逃げられない距離になって成人男性の集団だと気づく。


 こんにちは、と話しかけたのは後悔してから。やばいと思ってから、もしかしたら善良な人たちかもしれないと淡い期待を抱いて。

 期待を裏切られたとは言わない。予想通り。



「最初の町より先に盗賊イベントかよちくしょー!」


 逃げる。逃げる以外の選択肢がない。

 相手はみな武器を手にしていて、襲撃も人殺しも初めてではない様子。まともにやりあって勝てるわけもない。

 走ってみて、相手と自分の身体能力に大きな差がないこともわかる。それで四対一では勝負にならない。


「あああっ! 奪って殺してのヒャッハー世界だった!」

「待ちやがれ!」

「遺跡でなんか見つけたんじゃねえか? おとなしく渡せば命は許してやる!」


 嘘だ。絶対に嘘だ。

 生かしておく理由なんてないわけで、捕まったら殺される。

 アユミチが女の子だったら殺されなかったかもしれないけど、その場合はもっとヤバい。男でよかった……ってどっちでも最悪だよこんちくしょう。



「おぁっ!?」


 荒れた丘陵地なのだから足元が悪い。

 逃げるのに必死だったせいもあり、さらに険しい場所に出てしまった。


「あ」


 ずるっと、踏んだ地面がずれた。


「ああぁぁぁっ」

「バカがっ!」



 後ろから聞こえた声を置き去りに、斜面をごろごろと転がり落ちる。

 途中、岩にぶつかって方向を変えたりしながらかなりの時間。



「い、ってぇ……くそ……」


 どれくらい転がり落ちたのか、ようやく止まった岩陰で眩暈がする頭を押さえながら周囲を確認する。

 かなり急な傾斜。草木がほとんどなく赤っぽい岩場の、斜面というか崖に近い落差。

 岩場の谷間の底から見上げても盗賊たちの姿は見えない。


「よく生きて……この服のお陰なのか?」


 斜面を転がり落ちたわりに衝撃波少なかったように思う。

 レーマ様にもらった服は、土で汚れたものの破れている様子はない。

 運がいいのか悪いのかとりあえず大きな怪我はしていない。追っ手もとりあえず撒けたのか。


 ――こっちから行けそうだ。

 ――あの野郎、面倒かけさせやがって。


 諦めたわけではなくて下りられそうな道を探していたらしい。

 慌てて岩場のくぼみに隠れる。隠れて解決するわけじゃないと思ったのは隠れた後のこと。



「くそ……はぁぁ」


 背負い袋はちゃんとある。

 右手に杖のように握りしめていた木の棒を置いて、袋のサイドポケットから酒瓶を取った。

 走ったせいで喉がカラカラだ。


「……間接」


 なんとなく遠慮というか避けていたのだが、とにかく少し落ち着きたい。

 また逃げるにしても渇いたままじゃ無理そうだ。



「ん、ぷは」


 そういや割れてないな、とか。ワンタッチで開け閉めするフタなんだな、とか。

 考えながら、レーマ様の唇が触れていた酒瓶に口をつけて飲んでみる。

 かぁっと喉が、腹が、熱くなる。

 葡萄酒っぽいけど酒に詳しいわけじゃないからよくわからない。とにかく強めの酒。

 命の危険を感じながら酒を飲むなんてアウトローっぽいな、となんだかおかしく思う。



「この辺のはずだぜ、探せ」

「あそこから落ちたんだ、そう動けるわけがねえ。死んでるんじゃねえか?」

「構わねえよ。禁域に一人でいるなんて気味の悪い奴、死んでてくれた方が安心だぜ」


 禁域なんだ、ここ。

 神様の住居に繋がってるからそれっぽい。


「ただの間抜けな旅人野郎にしか見えなかったが」

「そういうフリで悪魔の巣に誘い込むとか?」

嘔息くそくヘレボルゼは森の方にしか出ねえんだよな? 大渇きの鋏蟲はさみむしだっけか?」

「知らねえよ。禁域の大魔獣なんて」


 盗賊の会話を聞きながらもう一口、二口煽る。

 旨い。

 渇いていたからなのか神様の飲み物だからなのか、とにかく旨い。

 見つかったら殺される。死ぬ前にこんな上等な酒を飲めてよかったかもしれない。


「……?」


 アルコールのせいか血が熱くなったような気がした。

 気が付けば頬が緩んで口元に笑みが浮かぶ。酔ったせいで気が大きくなったのかどこか余裕さえ感じる。


 盗賊たちが俺の隠れる岩陰に近づく。酒瓶を背中の荷物袋のサイドポケットに差し込んで、木の棒を両手で絞るように握りしめた。



  ◆   ◇   ◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る