第5話 初期装備、出発



「持ったら剣の達人になれる魔剣とか、万能な魔法を使える本とかないんです?」


 どうせ何かもらえるならと希望を口にしてみる。

 レーマ様の許容範囲がわからないから、とりあえずできるだけ大きめに。


「剣聖が使えば海でも斬れるけど、素人が持ったら枯れ枝同然のナマクラになる刀ならあるぜ」

「役に立たないですね」

「お、神殺しの魔法書だ。懐かしい」

「物騒なものが出てきましたけど」

「いや、タイトルだけな。大昔の魔術士が書いた本なんだけど、すっげえ笑えて面白かったから、読んで宝箱に放り込んだんだった」


 ほいっと放り出された本を受け取る。本というか紙束を紐で綴った書類だ。

 表紙は特に分厚い革で、読めない文字で書かれている。いや、その文字がじんわり脳に染み込んでくるみたいに理解が広がっていく。

 神殺しの魔法書と表紙に書いてあるとわかる。


「死にかけの老婆が歌う呪いの歌を三日三晩聞き続けたら死ぬとか。へその緒で縛って耳にウンコ流したら殺せるとか。笑い殺す気だったらわりといい線だったな」


 ウンコネタ好きだな。小学生男子かな。だから幼年男児が好きなのかな。

 なんて考えながらぱらぱらと中もめくってみた。やはり文字はぼんやりわかる。脳が勝手に日本語とこちらの言葉を関連付けして飲み込んでいくようだ。


「八つ裂きにして胸に杭を打つとかじゃないんですね」

「牛裂きみたいなのはあったと思う。足首を二人の無垢な赤ん坊につないで、ハイハイで左右に広げて体を裂くんだと。そこまで待ってやらねえとなんないのかよって」

「全然魔法書じゃないでしょこれ」


 老婆の歌を三日間聞き続ける前に去ればいいだろう。歌ってる間に老婆の方が死にそうだけど。

 耳にウンコ流し込まれて死ぬかどうか知らないが、それができる状況なら他の方法でも殺せるんじゃないか。


 狂人が書き綴ったのだろう羊皮紙っぽい束をテーブルに置いて、代わりに床のナイフを拾った。ちょうど鞘を見つけたのかそれも転がってきたので納めてみる。ぱちりとぴったり。



「うーん、こんなもんかな」


 自動的にゆっくり綺麗になる衣服。帽子と合わせて普通の武器ではそうそう切れないそうだ。

 折れない2メートルくらいの木の棒。上から下までゆるいじれがあってどこでも握りやすい。

 見た目よりたくさん荷物が入る背負い鞄。無限収納とかじゃない。左右のポケットも含めて登山リュックみたいだ。

 水を少しだけ操れるリストバンド。攻撃的なものではなくシャワー程度。


「返り血を洗い流すのによく使ってたっけなぁ」

「風呂もまともになさそうなんで助かるんですけど、もうちょっと何かないんですか」

「アユミチの仕事ぶりに満足したら別のやるよ。毎月一人、十歳くらい……最悪十五までだからな。髭が生えた男なんてゲロまず」


 まず成果を出せとの上司命令。ついでに好みの注文も聞く。

 まだレーマ様と俺の間に信頼関係が築けていないのだからしょうがない。


「月の満ち欠けが三十日だからわかるだろ。遅れたらおまえ悪霊化な」

「それは勘弁してくださいよ。ほんとにこんなんで大丈夫ですか? 俺」

「人間相手なら平気じゃねえの、たぶん」


 俺が美少年だったらもっと優遇してくれたかもしれないが、残念ながらそうではない。

 ちなみに俺を少年まで若返らせたらどうかと提案してみたら、ものすごく機嫌が悪くなった。

 中身おっさんの偽ショタは許さないと。


 その気持ちは理解できた。俺とレーマ様はやはり通じるところがあるらしい。

 それはそうとして、もう少し何か好条件を引き出したいところ。



「道具じゃなくて、俺の方の能力とかそういうのは……」

「能力なんて自分で磨くもんだろ」

「ぐう正論」

「ま、言語やら病気の心配はしなくていい。あとこれやるわ」


 何をくれるのかと思ったら、手にしていた酒瓶だった。飲みかけ。間接キッスか……むむむ。

 役に立ちそうにないと思いながらも、レーマ様の艶やかな唇を見て黙って受け取ってしまった。童貞には抗えない女神力。



「瞬間で道具を出し入れできるスキルとかはないんです?」

「物質界でそれやったら衝撃波で周りが吹っ飛ぶぞ。ちなみにあたしの宝箱を下界で開けると、世界の海の三割くれえ押し流す量があふれ出すはず」

「大災害じゃないですか」


 何もない場所にいきなり物体が出現したらしどうなるのか。

 なるほど、何も考えていなかった。

 宝箱もこの場所だからただの箱だが、下界で開けたら大惨事のようだ。

 チートスキルなんて言って迂闊なことをすれば世界が崩壊しかねないと。



「じゃあほら、魔法の素質を開花させるとか不老不死とかは無理ですか? 出て行ってすぐ死んじゃうのも困るでしょ」

「不死にしてやるのはいいけど、その場合世界が滅んで塵になっても存在しつづけるぞ」

「ごめんなさい今のなしで」

「魔法は無理だな。開花する才能ゼロだし。寿命を延ばすのはできるけど」

「とりあえずそれで」

「死なないわけじゃねえから勘違いするなよ」


 俺自身の能力値をどうこうすることはできないらしい。自己研鑽しろと。

 ない才能を開花させられないのも仕方がない。

 とりあえず引き出せそうな寿命に関して、今もらえるメリットならなんでもほしい。星が消えても未来永劫意識が残るのは勘弁として。



「老人で長生きってのはナシですよ。健康寿命で、若いままでお願いしますよ」

「わかったわかった、寿命の書き換えは神の特権ってな。何年?」

「ええと、そうですね……ひゃ……千年、とか?」

「わかった、千年な」


 つい、レーマ様の指が俺の胸を指した。

 心臓の上当たりで長く綺麗な人差し指が、すらすらと何かを書くみたいに動く。ちょっとむずがゆい。

 なんだか胸の中の血管を指先でくすぐられているみたいな。



「ほい。これでお前は向こう千年、あたしの為に働く使徒ってわけだ。あたしに見限られない限り。忘れんなよ」

「もちろん、はい。ありがとうございます。レーマ様」

「じゃ、頑張れよ。ここに戻る方法は見りゃわかんだろ。じゃあな」


 なんだか急に慌ただしく、少し顔をしかめながら追い払うように手を振る。


「そんなに急かさなくてもまだ聞きた――うぉっ!」


 まごまごしていたら、えいっと蹴りだされた。

 閉じたままの入り口のドアにぶつかる、と思って目を瞑ったが。


「……?」


 衝撃はない。

 目を空ければ、雲海ではなくて赤土色の岩肌ばかりの荒野が広がる景色。

 右手の遠くに木々が茂った場所も見えた。左の地平線近くにうっすらと海らしいものも。


 ずいぶん遠くまで見通せると思えば、立っている場所は小高い丘というか、やや険しい丘陵の上だった。

 振り向けば巨大な巻貝……というか、巻いたウンコみたいな建物があった。



「小さくなってる?」


 中にいた時は体育館くらいの広さに感じたが、振り向けば普通の民家程度の大きさ。

 入り口らしい扉はあるが、取っ手も鍵穴もない。

 資格がなければ出入りできないということなのではないか。

 扉に手を伸ばしてみたら、するりと抜けた。



「……?」

「あー、きたね」


 顔を突っ込んでみたらやっぱりすり抜ける。さっきのレーマ様の居室。

 先ほどまでなかったバスタブが出現していて、俺の胸に寿命を書いていた手を一生懸命洗い流しているレーマ様の後ろ姿があった。


「ウンコに素手突っ込んだ気分だ。くそ、忘れてたぜ」


 キモ男に触っちゃったから。

 


「……」


 説明もそこそこに追い出されたのは、寿命の書き換えの為に俺の魂に触れた不快感のせいだったらしい。

 まるでバイキン扱い。

 考えると悲しくなるので、振り返るのはやめにして黙って外に戻った。



 外の空気。気温は春半ばといったところだろうか。

 周囲が岩場で乾燥した埃っぽい空気だが、これから生きる新世界への期待を込めて大きく息を吸いこんだ。うーんと伸びをして。


「ま、死ぬよりはうまくやった。やれたんじゃないかな」


 万能チートスキルみたいなものはもらえなかったけど。

 轢き逃げされかけたところから、まあうまく立ち回ったと自分を褒めてやりたい。


 もらった服も、普通の武器では傷つかない道具となれば、それなりに価値がありそうだ。

 なんだかんだで神様の加護を得ての異世界生活なら、そう悪いものにはならないのではないか。

 新しい門出を楽観的な予想で踏み出した俺は、一時間もしないうちに後悔することになった。



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