第4話 大きなつづら。豊かなお尻
「
叱られた。
整備されていないジェットコースターを暴走させたらこんな感じかなと思うような空の旅の後、辿り着いた建物で。
振り落とされないように必死で戦馬車の縁にしがみついていたら、いつの間にか肉体に戻っていた。
適当に切っただけの黒髪に茶色の目。特別な特徴のない二十代男性の体。剃り残した髭がざらっと手に触り、昼に揚げ物を食べたせいか肌が少しべとつく。レーマ様の言うキモ男。
清涼感のある青年だったらもう少し評価が違ったのかもしれない。
「聞いてみただけですってば」
「期待してただろ、バカ」
「そりゃまあ少しは……」
異世界で新たな人生となれば、特別な力を期待してしまうのは仕方ないじゃないか。
甘っちょろいと言われれば確かに言い返せないけど。
「おとぎ話で聞いたことあんだろ。神が人間に子供産ませて、そいつに殺されたりするやつ。実際にそうやって神が死んだ世界もあったりするんだぜ」
「そうなんですか?」
「てめぇを超える力をうっかりくれてやるとか、あたしはそんな間抜けじゃねえんだよ」
「俺がレーマ様を殺すなんてそんなわけないじゃないでしょ」
「どうだかな」
何もない世界。
というか、辿り着いた場所は雲の平原みたいな場所だった。
どこを向いても雲が漂い、右と左の地平線近くに太陽と月が浮かんでいる。
雲海の中心――たぶん中心に、建物というか大きな巻貝のようなドームが
レーマ様同様にシンプルというかおおざっぱと言うか。
だだっ広い部屋の真ん中あたりの大きなソファにどさっと座るレーマ様と、その正面に立ったままの俺。
正直、気持ちは疲れているが、レーマ様の座るソファ以外に椅子がないので。
使用人みたいな従者の気配もない。
「神様が死んじゃった世界ってどうなるんです?」
「世界ってのは箱庭っつーか家庭菜園? みたいなもんだからな。殺した半神が成り代わることもありゃ、管理者不在の土とか作物……霊的な意味だぞ。誰のもんでもなけりゃ他の神が見つけて持ってくこともある。最近はそう滅多にねえけど」
うーんと伸びをするレーマ様は、相変わらず白布を巻きつけただけの姿。横乳やら太腿やら非常にありがたい。
話を聞く限り所有者不在の資源なら持ち出しても問題ないようだ。
そういう決まり事が神様同士にもあるのか。
「昔みたいに別世界の神を殺して奪うなんてやってたら口やかましい集まりに仕返しされんだよ。ま、お前らには関係ねえ話だ」
「やってたんですか?」
「やらなかったとは言わねえ」
何か思い出したのか、へへっと笑った。
決して善行ではないだろう。やっぱり邪神かな。
「それよりお前、デカい口叩いといていきなりチート能力くれってのはずいぶんな態度じゃねえか」
「知らない世界でレーマ様の使徒をやっていくわけで。チート級までじゃなくても何か特別な力を貸してもらえませんかって言ったんですよ」
「あん? んー、あー」
頭ごなしに否定した俺の願いを思い返すように首をひねった。
「レーマ様の偉大さを伝える俺が情けなかったら、レーマ様の名前に傷がつくじゃないですか」
「別にあたしの名前を広める必要はねえけど」
「美しく優しいレーマ・ルジア様を慕う美少年をたくさん集めたいんでしょう?」
別の話をしている間に考えた言い訳を並べると、レーマ様は天井を見てうーんと唸る。
「この広間に数十人のいとけない少年たちが集まり、レーマ様にお酌をする。どうです?」
レーマ様の座るソファと小さなテーブル以外に何もない広間。
今は俺とレーマ様だけしかいないここを、美少年で埋め尽くせるのなら。
「もちろんお酌以外のことだって。レーマ様の望む通りっすよ」
にひ、と。目を閉じたレーマ様の唇の端が上がった。
「悪くねえ」
そうでしょ。
童貞の俺が望む酒池肉林をショタに置き換えただけ。俺はそのお零れに
「信仰心を集める為にもわかりやすい力は必要なんですって。レーマ様が直接やるなら俺が助言しますけど」
「あ、それは無理」
ぺらぺらと手を振ったかと思ったら、次の瞬間には反対の手に酒瓶を持っていた。瞬間移動みたいに取り出せるようだ。
ぐいっと飲んでからもう一度手を振った。
「あたし、下界に関われないから無理」
「関われない?」
「薄っすら声を聞かせるのがせいぜい。波長が合う相手か神域の近くって条件つきだ」
「俺の体を持ってきてませんでしたっけ?」
「ありゃ地球の神が引き上げてくれてたんだよ。なんにしてもうちの世界じゃできないの」
直接地上に干渉できるならやってるか。
神様が直に統治すれば安定した社会を……レーマ様じゃ混乱するだけだな。
「レーマ様の他の神様はいないんですか?」
「今はいない。信仰は残ってるみたいだけど。まあ確かに、あたしの使いって名乗るのに力は必要か」
面倒くさそうに頭を掻くと、ものすごく綺麗な脇の下が惜しげもなく晒される。
なめらかな肌。豊かすぎてはみ出ている横乳。
俺の視線など気にもせずレーマ様が立ち上がると、同時にテーブルの横に大きな箱――でっかい
その蓋をがばっと開けて、頭を半分突っ込むように覗き込んだ。おかげで白い布が綺麗なお尻のラインをくっきりと見せつけてくれる。
黙っていれば間違いなく絶世の美女なので、非常に眼福だ。
ただ美女の方は俺のような成人男性にまるで興味がなく、恥じらう様子もゼロ。綺麗な女優さんを間近で見ている撮影アシスタントはこんな気分なのだろうか。
力があれば。
特別な力があれば。
レーマ様でなくても、地上で美女とお近づきになれるかもしれない。
ショタはレーマ様に捧げるけれど、他の男や女の子は求めないそうだ。俺の好きにしていいって。
好きにしていいって。
好きにしていいんだって!
「あ……そういえば」
「なに?」
俺に尻を向けてでっかい箱に頭を突っ込んだまま、面倒そうな声が返される。
たぶん俺に使えそうな何かを探しているのだろうが。
「少年を捧げるって言いますけど、どうしたら……まさか俺が殺して魂を、とか?」
「あたしのショタ君を勝手に殺すんじゃねえバカ。お前なら神域と出入りできるんだから、ここに連れてくりゃいいって……お、これどうだ?」
生きたままでいいんだ。よかった。
胸のつかえがとれてほっとした俺に、ひょいっと箱から投げられたもの。ギラリと光ったそれを慌てて避けた。
すとん、と。俺の足があった床に突き刺さる。めちゃくちゃ鋭い飾り気のないナイフ。
「あぶなっ!」
「相手の心臓に刺せば魂と血が噴き出して死ぬナイフ。そりゃもうどばどば」
「普通のナイフでも心臓に刺せばおんなじでしょうが!」
「普通よりいっぱいだよ。あーほどほどの弱さの道具ってあんまりねえなぁ」
異常なバグレベルのアイテムをくれるつもりはないらしい。
中途半端な道具を取っておくわけもない。神が所持する宝物なのだから。
ただまあ整理されていない箱の中を漁る姿は、地球で有名な万能猫型ロボットのようだった。
◆ ◇ ◆
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