第8話 渇きの王蠍
荒れた世界だというのはなんとなく聞いていた。
だから純朴でか細い美少年なんてなかなか育たない。それもわかる。
でも、スタート地点を出たすぐのエリアに明らかに中ボス級のモンスターが配置されてるのは聞いていない。
「勇者軍でも殺されたって大魔獣……勝てるわけがねえ」
「くそっ、百年以上前の話だったろうが!」
中ボスどころかラスボスか?
尻尾の針を突き刺された体がチュウゥゥと萎んで干からびていく。
「あっ! デボーてめぇ!」
がらんと大きな音を立てたのは転がった金棒だった。
武器から手を離して、転がるより先にデボーと呼ばれた男は駆け出している。曲刀の男の背中を追う形に。
残った直剣の男も逃げようと、その前に大サソリを振り返って――
「あ」
荒地の谷間で争っていた。両側は険しい岩の斜面だ。
その斜面を無数の足で掴んで走る大サソリ。初速からトップスピードで動き出すのは昆虫らしい動き。
ズサササァ!
あっと言う間に俺と直剣の男の横を抜けて、途中で干からびた死体を払い捨てて金棒を手放した男に追いついた。
「うひぁぁっ!?」
大柄な体格の男を両方の鋏で掴み上げ、首元に針を突き刺す。
「ぐぶぇぇ……べふ……」
化け物じみた剛力と速度。というか化け物そのものだ。
昆虫が運動能力そのまま巨大化したら、なんてたとえのそのまま。
盗賊たちの反応からすれば、世界にありふれているわけじゃないのだろう。こんなのがたくさんいれば人類が絶滅していてもおかしくない。
百年以上存在が確認されなかった禁域の魔獣のように言っていた。
遭遇した人間がみんな食われたから報告がないだけかもしれない。
「ち、くそっ……てめえがいなけりゃ……」
「俺のせいにするなよ、盗賊野郎」
襲ってきておいて責任を押し付けるような言い草に呆れる余裕もない。
動けない。
大した根拠はないが動いたら死ぬような気がする。金棒の男みたいに。
残った盗賊も同じ心境なのだろう。大サソリから目を逸らさず俺に悪態をついて、じりじりと遠ざかろうとするが。
「……悪いなっ!」
「そう来ると思ったよ」
どんっと俺を押して逃げようとしたのだろう。
真っ先に逃げた曲刀の男のように、俺がチュウチュウ吸われている間に自分だけ助かろうと。同じことを考えたからわかっている。
大サソリの方に押し出そうとした手を半身で
「っざけんな! 人でなしが!」
「お前が言えるか!」
左手を
ちゅるちゅる減っていく元金棒盗賊の体を横目に、次の獲物がどちらになるか押し付け合う。もみ合う。
「こんなところで死んでたま――」
「っ!」
大サソリの方にはどちらが先でも後でも構わなかったのだろう。
また、食事中でも足は動く。
食べ終わるまでもう少し時間があるかと思った俺の考えは見当違い。
「あぶっ!?」
動き回る獲物を襲う習性があるのかもしれない。
もみ合っていた二人まとめて、突進してきた大サソリの体に跳ね飛ばされて転がった。
最後に見えたのは、咄嗟に盗賊が構えた剣が甲殻で弾かれたところだけ。
「うぐっ、ぁ……く、う……」
食事中だったから、少しバランスを気にしたのか、即死するまでのスピードではなかった。
ただはね飛ばされ荷物をぶちまけながら地面を転がり、くらくらと眩暈がするだけ。世界がぐるぐる回る。
たぶんトラックにぶつかったらこんな感じなんだろうな。
「くっそ……こんな……なにもできない、で……」
盗賊の方がどうなったのかなどわからない。
何かないか手探りで地面を這い、手に触れつかみ損ねた何かがころころ転がって遠ざかるのを感じて、俺の意識も遠くへ離れていった。
女神の戦馬車に轢かれた後は大サソリにはねられて死亡か。
情けない。
◆ ◇ ◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます