第225話 あの子のパパ


 好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものですな、と杉谷さんは自嘲気味に笑う。

 年齢が年齢だからだろうか。国家権力に翻弄される己の運命を、他人事のように見つめる余裕があるのかもしれない。


「一体どんなものを見たんです?」


 俺の問いかけに、杉谷さんは少し考え込むような顔をしてから答えた。


「頭はゴブリン、体はドローン。さらに外部コントローラーで操ることができる。そんな代物です。要は巨大なラジコン飛行機ですな。それが都内の研究所で開発中なようだ」

「……外部装置で制御できるなら、わざわざゴブリンの頭を搭載する必要はなさそうに感じるんですが。何か理由があるんですかね」

「最終的には、外部操作式から完全自立式に移行させたいようですから。そうなるとそれなりの判断力を備え、しかも殺戮行為に罪悪感を抱かない脳が必要になってくる。動物の脳では知能が足りず、人間の脳は倫理観がありすぎる。その点、ゴブリンはちょうどいい塩梅だ……。都合のいいことに彼らには人権も存在しませんからな。バラバラに刻もうが電極を突き刺そうが誰も文句を言わない。このままいけば、ゴブリンの人格をベースとした人工知能が量産化されるでしょう」

「悪趣味な話だ」

「私もそう思います」


 杉谷さんにしては珍しい反応だった。割と国家の安全のためなら何をやってもいい的な思考で動いているところがあったので、日本が強力な兵器を入手できるというなら歓迎しそうなものだが。

 俺が不審そうにしているのを感じ取ったのか、杉谷さんはうんざりとした様子で言う。


「これが国防のためなら良かったんですがね。残念ながら米軍経由で研究費用が出ています。無論、現物が出来上がったら向こうに搬入される。我が国の優秀な頭脳と最先端の技術が、他国の軍隊を強化するために使われている」

「……なるほど」

「しかもドローンとして蘇ったゴブリンが暴走した日には、真っ先に我が国が被害を受けることになります。ふざけたことに、試験飛行・試験戦闘は日本で済ませ、安全性が確認されてから米国に搬送する手筈になっている。不沈空母はまだしも、不沈フラスコとして使われたのではたまらない。我々は実験用のマウスではない」


 それで杉谷さんが突っかかって、失脚したというわけか。

 ようやく納得がいった俺である。


「けど、米軍か。なんで高性能ドローンなんかに拘るんでしょうね?」

「……西アジアや中央アジアでは、結婚式の際に祝砲を撃つ習慣があります。空中に向かってAK-47なんかを連射するんですな。で、人工知能を搭載したドローンが上空からそれを捉えると、こんな風に判断します。『おや、あそこに人間が大勢集まって銃を乱射している。――テロリストの集団に違いない。よし、空爆しよう』。結果、なんの罪もない新婚夫婦がミンチになり、生き残った者はドローンを投入した米国への憎悪から、本物のテロリストになる。似たような悲劇が何度も起きています。あの国が戦闘用人工知能に投資をするのは当然の帰結だ」

「ドローンってそんなに頭の悪い挙動をするものなんですか?」

「残念ながら、今はまだ」

「なんでそんなものを投入すんだよ……って生身の兵士を戦わせると、PTSDなんかの治療で割に合わないんでしたっけ」


 綾子ちゃん由来の雑学が、こんなところで役に立つとは思わなんだ。


「よくご存知ですな? おっしゃる通り、人間の心と体はあまりにも傷つきやすい……。生身の軍隊で戦争に勝ったところで、その後の治療と社会復帰支援で赤字になるようでは、そもそも戦争を行なう意味がない。ベトナムとイラクの苦い教訓から学んだことです。二十一世紀の戦争はビジネスですからな。おかげで多少問題があろうとも、ドローンを使わざるを得ない」

「切羽詰まった理由があって開発資金が出てるってのはよくわかりました。問題はどこでそのゴブリンドローンを研究してるかですよ。……場所はわかってるんですか?」

 

 もちろん、と杉谷さんは答える。


「AIの開発と機体の開発に部門が分かれているようですが、前者さえ潰せば問題はないでしょう」


 すらすらと都内の有名大学の名を挙げる杉谷さん。

 ……なんだろう。どこかで聞いたような大学名だったが。はて、一体どこに耳にしたんだったか。


「主任研究者は既に特定しています。大槻正弘おおつきまさひろ、五十一歳。数年前までファザーコンプレックスの治療などという意味不明なテーマに寄り道をしていたようですが、今は人工知能の研究に専念しているようだ。迷いを断ち切ったおかげか、この年代のホープと目されているようですな」


 ぶっ! と変な音が口から漏れる。

 見れば隣にいるアンジェリカも「それって……」と気まずそうな顔をしていた。


「あー、杉谷さん? 俺と綾子ちゃんの関係って把握してるんですよね?」

「当たり前でしょう。公安をなんだと思ってるんです? 大槻綾子は大槻正弘の娘だ……そして貴方とも交流がある。彼女の自宅は古本屋に改装されていて、中元さんはそこの常連だったんでしたな?」

「綾子ちゃんが分裂したのも、片割れが俺と同居してることも、あの子の性癖なんかも調査済みだったりします?」

「……分裂……? 何を言っているのかよく……時々貴方のマンションに出入りしているらしい、という報告は上がっていますが」


 なんでも知っているようなことを言っておきながら、その程度にしか認識していないようだ。

 案外、俺のプライバシーはギリギリのところで守られているのかもしれない。室内までは監視していないのだろうか?


「男性芸能人の家に複数の女性が通い詰めるなど、よくあることなので気にしておりませんでしたが、あの少女が何か? それに、いつの間に同棲するほどの仲に……ん? 大槻綾子はまだ、十七歳だったような……保護者から外泊や交際の許可は得ているのですか? 斎藤理緒という本命がおりながら、どうやって許可を……?」

「まあそこは色々と込み入った事情がありまして……」

「そういえば、大槻綾子が避妊具や妊娠検査薬をまとめ買いしていたという調査報告もあるのですが、まさか法に反した間柄では――」

「とりあえず今は大学に向かうのが先決だ。どうにかして研究をやめさせよう」


 話がよくない方向に向かったのを察した俺は、強引に話題を切り替えた。

 それもそうですな、と杉谷さんはあっさりと頷き、件の大学に向かってくれと運転席に指示を飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る