第224話 隙あらば淫行
拘置所を出た俺達は、「とりあえずどこか遠くに逃げよう」で意見が一致した。
人数が人数なので、移動手段は車で決定。
女性警官達に案内され、駐車場に停めてあったパトカーへと向かう。彼女達は有無を言わせぬ速さで運転席と助手席に乗り込んだため、俺は必然的に後部座席に座ることとなる。
席順は……衰弱の色が見える杉谷さんを真っ先に座らせるべきだろう。
「先に乗って下さい」
面目ない、と頭を下げる杉谷さんを押し込むと、今度は俺がシートに腰を下ろした。
「さ、次はアンジェだ」
「お父さんが真ん中になるんですか?」
「そりゃそうだ。左右どちらの窓も警戒するにはこれしかない」
「エリンさんはどうするんです?」
「猫の姿になってもらう。それをアンジェが抱いてればいい」
チラリと視線を向けると、エリンはふるふると首を横に振っている。
「なんで嫌がってるんだよお前は……この人数でパトカーに乗り込んだら、すげえ窮屈だぞ? 小さくなれる人がいるならそうするべきだろ?」
「……猫になりたいのはやまやまだけど……できなくなった」
「は?」
「……デバフで魔力を使いすぎた。別の姿に変化するには、少し休息が必要」
そこは普通、魔力切れで勝手に猫の姿に戻るのがありがちなパターンだと思うんだが。
人に化けたまま戻れなくなるケースって初めて見たぞ俺。
「まあ、エリンはこういう時に嘘をつくやつじゃないってのはわかるんだが」
「……後ろの席に、もう一人入るスぺースはある?」
「無いな」
杉谷さんは一八〇センチ近い長身だし、俺は肩幅が広めのマッチョ野郎だし、アンジェリカは尻がでかい。ここにもう一人、人間を座らせる余裕は無い。
かといって前の席に無理やり押し込んだら運転に支障が出そうだし、どうしたものか。
「早くして頂けませんか。追手が来るかもしれませんよ」
ハンドルに手をかけた女性警官が、苛立ちを見せ始めている。
ええい、やむを得まい。
「しょうがない。エリン、俺の上に乗れ。普通に座れないなら、俺を座席にするしかない」
「……え?」
「俺と向かい合う形で座って、抱き着いてればいい。俺がシートベルトの役割をこなしてやる」
いわゆる駅弁スタイルというやつだ。これなら車内が揺れても大丈夫だろう。
もしも追手を撒くためにカーチェイスを始めることになっても、俺の腕力ならばがっちりとホールドできる。
「我ながら名案だと思う。これならなんにも問題がない。ほらエリン、早く俺の上に乗れよ!」
「……ん」
こくこくと頷きながら、エリンは滑るようにして社内に侵入する。唖然とするアンジェリカの上を器用に通過し、俺の元に到着すると、甘えるような仕草でしがみついてきた。
婦警ルックの美少女がぎゅむっと抱き着いてくると、何とも言えない罪悪感がある。
だが、これはあくまで合理性を優先した結果だ。
これ以外に方法がなかった。
必要な犠牲だった。
エリンの控えめな胸部がふにふにと体に当たってるし、甘い息が顔にかかったりもするけど、そもそもの原因は杉谷さんをありもしない罪で捕まえた警察組織にある。俺もまた、権力闘争の被害者と言えよう。
「さ、発進してくれ! 急いでここを離れないと何されるかわかんないからな」
俺の指示に、女性警官達は声を揃えて「わからないのは貴方の神経です」と嘆く。
杉谷さんはというと、ばつが悪そうな顔で窓の外を眺めていた。
アンジェリカは……なにやら呆れたような顔をしている。
「最近のお父さんは、隙あらば女の子とイチャイチャする口実を探している気がするのですが」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うんじゃないって。それじゃまるで俺が女好きのハーレム野郎みたいじゃないか」
「みたい……?」
アンジェリカがため息をつくのと同時に、パトカーが動き出した。
駐車場を抜け、車の切れ間に潜り込むようにして道路に飛び出る。あとは右に曲がるだけで国道だ。
「追手は来てるか?」
俺と向かい合う形で座っているため、エリンは車内で一人だけ後ろを向いている。
即ち、追跡車両が来ているかどうかはこいつに聞けばいい。
「……今のところ、ない」
「そうか」
ほっと一安心といったところか。
俺はエリンの髪を撫で回しながら、杉谷さんにたずねる。
「で、結局どういう理由で拘束されてたんです? 警察内部の抗争とだけ説明されてる状態で、よくわからなんですよ状況が」
「私は中元さんのストライクゾーンがいよいよわからなくなってきたのですが……斎藤理緒は大人びた黒髪の少女だったというのに、今抱いている異世界人はあどけない風貌ですし……三十歳前後の白人女性を飼育しているのも把握してるんですがね。貴方の好みは一体……まあいいです。順を追って説明しましょう」
俺のストライクゾーンは多分、「閉経してないなら誰でもOK」ぐらいまでガバガバに広がっている。
だが、そんなことはどうでもいい。さっさと本題に入るべきである。
「中元さんがゴブリンの死体をきちんと処理しなかったのは、あえて我々に見つけてもらうためだったんでしたな?」
「そうですよ。だからこそ、こうして公安なんていう組織と縁ができたわけだ」
「回収した死体がどこに向かったかはご存知ですかな」
「把握してないですね」
「あれは国内の様々な研究所に送られました」
……それがどうしたというのだろう。
わけのわからない怪生物が民家を襲ったら、調べ回すのは至って普通の行動だと思うが。
むしろ何もせずに埋葬された方が困る、そこまで能天気な国だったらいよいよ手に負えない。
「ゴブリンはいくつものパーツに切り分けられ、脳はまとめて都内の大学に引き取られました。そこは主に人工知能について研究しているようでしてな」
「……人工知能……」
「無人兵器に搭載できるような代物を目指しているそうでして。攻撃的な生き物の脳組織は、喉から手が出るほど欲しがっていたようだ」
杉谷さんは、まるで天気予報でもするかのような口調で言った。
「あのゴブリンども、機械の体で蘇るかもしれませんよ」
これから雨になりますよ、とでも言うかのように。
なんでもないことのように。
「私は知り過ぎたんだと思います」
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