第222話 条例スレイヤー


 違うあれは誤解なんだ、本当に好きなのはアンジェママだけなんだ、とありがちな言い訳を繰り返しながら探索を続ける。

 ……ありがちか?

 十六歳の少女をママ呼びする暴挙を、「ありがち」と表現していいのか?


 一瞬だけ良心のようなものが脳裏をよぎったが、それは打算と呼ばれるもので瞬時にかき消された。


 ママって呼ぶと機嫌よくなるからな、アンジェリカは。今も嬉しそうに身をよじらせてるし。

 これからもどんどん甘えてやっからな、覚悟しとけよ。和食より先に離乳食のレシピをマスターしてもらうからな!


 とても勇者とは思えない開き直りを見せつつ、目についたドアを片っ端から開けていく。

 が、どこの部屋も赤ちゃん言葉でハイハイをする警官や被疑者がいるだけで、杉谷さんらしき人物は見当たらない。


「どこにいるんだ、あの人は? つーか俺はあと何回この地獄を見ればいいんだ」


 いい歳したおっさんがバブバブしてる様を見せつけられるのは、精神的に疲れる。

 エリンの使う幼児退行デバフは、いつ見てもえげつない。

 手っ取り早く捜索を終わらせる方法は何かないものか……。


「そうだ。アンジェの感知で杉谷さんを見つけ出せないか?」

「感知って、邪悪なものを探し出すスキルですよ?」

「それはそうなんだが、なんかヒントになる情報が出てくるかもしれないだろ。索敵しておいて損することはないだろうし」

「一応やってみましょうか」


 言うや否や、アンジェリカは目をつむって集中状態に入る。


「わっ! 金色の点がいっぱい表示されてます」

「金? 確か白は霊体の色なんだっけ。で、赤は悪魔や犯罪者の色だっけか。金は何を表してるんだ?」

「天使とか聖騎士パラディンとか、聖なる存在を表す色です」

「どういうことだ?」

「極端に正義感が強い人間は、金色で表示されるんです。ここはおまわりさんが沢山いるので、多分そのせいじゃないかと」

「なるほど。警察官ってのは現代の騎士様なわけか」


 むー、とアンジェリカは小さく唸る。


「……ここから三〇〇メートルほど北にある部屋に、まばゆい金色の点が見えます。まるで太陽みたいです。このあたりで最も強い正義感を持つ人物ってことになりますね」

「それが杉谷さんなのか?」

「そこはお父さんの方が詳しいんじゃないでしょうか。どうです? スギタニって人は、正義感に溢れる人格をしてるんですか?」


 杉谷さんの過去の言動を振り返ってみる。

 ……基本的に事務的な人物だが、社会に害を与える存在に対しては容赦がない。

 そして俺がリオを紹介した時は、本気でこちらの身を案じていたように思う。

 

「多分、その金ピカは杉谷さんで合ってる。行こう」

「了解です!」


 再び歩き出したところで、アンジェリカにたずねてみる。


「な。ちなみに俺はどんな色で表示されてるんだ?」

「うっすーい金ですよ」

「……俺ってこんな状態になってもまだ、善なる勇者様だったのか」


 まあ、俺ってちょっと未成年と不適切な関係になる癖があるだけで、根本的には倫理観の塊みたいな人間だからな。

 当然だよな。


「でも、戦闘中は薄い赤に変色してますね」

「……マジかよ」

「私達とイチャイチャしてる時もちょっと赤くなってます」

「それは聞きたくなかった」


 堕落しかけてんじゃん。

 とんでもねえな、少女の魅力ってのは。聖なる勇者様を悪の道に落としかけるなんて。

 

「ここか」

 

 そうこうしているうちに、目的の部屋が見えてきた。

 妙にドアが厚いが、取調室になるんだろうか?

 そっとノブに手をかけてみるが、開かない。鍵がかけられているようだ。


「ま、壊せばいいんだけどな」


 困った時は筋力。こんなに便利な道具もあるまい。

 回し蹴りでドアを蹴り破り、ズカズカと侵入する。


「お邪魔しまー……」

「まんまああああああああ!」


 ――そこにいたのは、高速でハイハイをする俺の上司だった。

 

「す、杉谷さんまで幼児退行の餌食に……」


 ダンディなおじさまの無残な乳児プレイを、アンジェリカは食い入るように見つめている。


「……もしかして日本人男性って、皆こんな感じなんですか?」

「とんでもねえ誤解してんじゃねえよ!? これはエリンの範囲デバフのせいだっての! 日常的に赤ちゃん返りするおっさんが俺以外に居てたまるかよ!?」

「で、ですよね。おっきい赤ちゃんはお父さん一人で十分です」


 俺はそっと杉谷さんのこめかみに解呪を撃ち込み、正気の世界に引き戻してやる。

 

「まんま……おや? 私は一体……」

「気が付きましたか」

「な、中元さん? どうして貴方が拘置所に?」

「話せば長くなるんですが、とにかく助けに来たんだと思って下さい」

「なんと……」


 杉谷さんはよろよろと立ち上がると、スーツの埃を軽く払った。

 いつものダンディモードに一瞬で戻ったので、五秒前の痴態は見なかったことにする。


「ありがたいことですが、一体どうやって? 確か中元さんのステルス技能は、監視カメラには通用しないはずでしたな? 潜入できるような隙があったとは思えない」

「そりゃあもちろん、俺も逮捕されてここに潜り込んだんですよ」

「偽装逮捕、ですか。……ちなみにどんな罪状で?」

「青少年保護育成条例違反と、わいせつ容疑ですね」

「……もっと格好いい罪で捕まることはできなかったのですか」

「そうは言っても、元々捕まるつもりはなかったわけですし。いつものようにアンジェ達とイチャイチャして、子宮〇叩き券を持ち歩いてたらパトカーにさらわれた感じで……おかげで未成年女子の禁断症状が出たりと、色々ありました。でもまあ、些細なことです。今は脱出を優先しましょう」

「それもそうですな。……ん? 未成年女子の禁断症状? 中元さん? 貴方をシャバに出して大丈夫なんですか?」

「今は脱出を優先しましょう」


 強引に取調室から杉谷さんを引きずり出すと、廊下の奥からカツカツと足音が聞こえてきた。

 音の感じからすると、一人ではない。複数の人間がこちらに近付いているようだ。


「誰だ?」


 エリンの張った範囲結界の中でも動ける人物が、どうしてここに?

 訝しがりながらも、俺とアンジェリカは警戒態勢に入る。

 杉谷さんはというと、年頃の娘がいるせいか俺のことも警戒していた。「だが恩人であることには変わりない……」と眉間にしわを寄せて苦悩している。


「とりあえず静かに。アンジェ、俺が合図を出すまで飛び出すなよ」

「了解です」


 俺はぐっと姿勢を低くして、跳躍の姿勢を取る。

 獲物の姿が見えたら、ロケットスタートで突撃し、床に叩き伏せてやろう。

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