第221話 本当のあなた


 アンジェリカの摂取で気が大きくなった俺は、意気揚々と面会室の扉を開ける。

 廊下の向こうには、銃を構えた警官がずらりと並んでいる……なんてことはなく、ひたすら無人の空間が広がっていた。


「ありゃ?」


 拍子抜けである。


 まさか何かの罠か?

 それともまだカメラに映ってないのか? 

 天井付近に見えるあの丸っこい機械は、実はカメラじゃなくてスプリンクラーなのか?

 

 腕を組んで唸っていると、背後からアンジェリカが声をかけてきた。


「どうしました?」

「……無警戒すぎて、逆に何かあるんじゃないかと警戒してる。大騒ぎで警官が飛んでくるとばかり思ってたからさ」

「あ。多分、エリンさんが色々やったから静かなのかもしれません」

「あいつが?」

「ですです。洗脳魔法をフルに発揮して、おまわりさん達を夢の世界に引きずり込んでるはずですよ」

「もしかしてエリンと一緒に来たのか?」

「そうですよっ」


 アンジェリカが言うには、猫形態のエリンを抱えて、パトカーでここまでやって来たらしい。

 ってことはあの婦警さんコンビが協力してくれたのかな……などと甘ったるい解釈をしていたところに、次々と爆弾が投下されていく。


「今朝はですねー、玄関のドアをバンバン叩かれる音で目が冷めたんです。で、開けたら男の人がいっぱい立ってました。捜査官っていうんですよね? あの人達。なんか警察手帳とか令状とか持ってましたし」

「え……お前それ家宅捜索じゃね?」


 ちょっと待て、マンションに警官が押しかけて来たのか?

 唖然とする俺を他所に、アンジェリカはニコニコと回想トークを続ける。


「捜査官の皆さんってば、勝手にお家に上がり込んできたんですよ? 失礼にもほどがあると思いません? 私が臨戦態勢に入ったら、『ここは従った方がいいです』ってアヤコが怯え切った顔で袖を引っ張ってきたんです。あのアヤコが怖がるくらいだからこの人達は猟奇殺人鬼なのかな、と私も怖くなっちゃって、抵抗の意思は虚しく消えましたね」

「お前は綾子ちゃんをなんだと思ってるんだ? いや、それはどうでもいい。続けてくれ」

「私はアヤコを話の通じるデーモンだと思ってますよ。続きでしたね。えーっと。そうでした。リオさんは『彼氏に前科がつくなんてヤバい、犯罪者の恋人ととしてこれから世間に糾弾されるって思うとあたし……!』とかわけわかんないこと言って一人で発情してました」

「警官の前で女子高生が発情したのか……フィリアはどうしてた?」

「失禁してました」

「つ、つまり俺は家宅捜索された結果、たくさんの女の子と同棲していることを捜査官に把握された上、その中にドMやお漏らしお姉さんが混ざってることまで知られちまったわけだな?」

「まるで性癖の博物館だな、ってぼやいてましたよ。捜査官の人達」


 俺は社会復帰できるんだろうか? 

 仮に復帰したとしても、ソシャゲのガチャ感覚で三次元の女を収集した危ない男として後ろ指を刺され続けるのではなかろうか。

 

「……それでアンジェはどうやって捜査官を振り切ってきたんだ? いや待てよ、まだクロエとエリンの挙動について聞いてないな。クロエが大人しくしてる間にエリンが洗脳魔法を使ってくれたのか?」

「残念ながら大人しくしてませんでしたよ、クロエさん。『父上の名誉を守るべく我が刃を振るわん』って、時代がかった台詞と共に光剣を生成して、捜査官に向かって突撃をかましてました」

「おい!? 死人が出たんじゃないだろうな!?」


 あのファザコン剣客娘は何をやってくれてんだよ!?


「大丈夫ですよ。回避行動を取った捜査官の懐から、一枚の写真が床に落ちて動きが止まりましたから。……捜査官が小さな娘さんと一緒に映ってる写真だったんでした。そうです、あのおじさん達も誰かの父親だったのです。それを見た瞬間、クロエさんは戦意を喪失したみたいで。『私にはこの人を殺せない!』とか喚いてましたね」

「ファザコンゆえに殺意を燃やし、ファザコンゆえに無力化されたのか……」


 つーか戦場にいる男ってそれなりの確率で妻帯者だと思うんだが、量産されたクロエシリーズは使い物になるのか?

 娘と二人で映ってる写真を胸に貼りつけておくだけであいつらに攻撃されなくなるんだとすると、ぶっちゃけ異世界からクロエ軍団が攻め込んできても全然怖くねえなこれ。

 

「もうすっかり収拾がつかなくなっちゃったんで、見かねたエリンさんが捜査官達を洗脳魔法で幼児退行させてるうちに、真っ青な顔した女性警官が飛び込んできたんです。それでパトカーに乗せてもらえたんです。あのお姉さん達はお父さんの味方なんですよね?」

「あ、ああ……ってことは今、マンション周辺には赤ちゃん返りした警官がうろうろしてるわけか。地獄絵図じゃねえか」


 ……許せねえ。

 赤ちゃん返りしていいのは、俺だけなのに。

 アンジェリカの前でゼロ歳児に戻るのは、俺のみに許された特権のはずなのに……!


 俺は場違いなタイミングで変な正義感が暴発するのを感じながら、廊下を歩き続ける。


「そういやエリンはどこにいるんだ?」

「どこかの窓から侵入を試みてると思いますよ。そのうち合流するんじゃないでしょうか」

「そうか……ていうかあいつ、大規模な魔法を使えるくらい魔力が戻ってるんだよな。知らない間に俺を洗脳してたりしないだろうな?」

「洗脳? 心当たりでもあるんですか?」

「いやーだってほら、俺って最近変にムラムラしてるし、ほんの十数時間女の子と会えないだけで錯乱状態に陥ったし、なんか変じゃん?」

「……その件についてですが」

「お? やっぱエリンがなんかしたのか?」

「エリンさんが言うには、お父さんは元々女好きだったんじゃないか、とのことです」


 俺とアンジェリカは、二人同時に足を止めた。


「……馬鹿な。俺が……女好き?」

「今のエリンさんの魔力では、お父さんほどの強力な人間は操れないそうですから。お父さんが最近ムラムラ悶々してるんだとしたら、それは生来の気質です」

「う、嘘だ。それじゃ俺の本来の性格は、好色なプレイボーイだったってのか!? じゃあなんだ、異世界時代の俺は勇者業のプレッシャーやエルザっていう特定の相手がいたせいでスケベ心が押さえつけられてただけだってのか!?」

「自分で正解言ってるじゃないですか」

「……」

「そもそもパーティーメンバーを異性で固めてた時点でギルティですよ」

「いや、あれはな?」

「あと捜査官の人達が言ってたんですけど、お父さんの交友関係って九割が十代の女の子らしいじゃないですか。共演者のアイドルと片っ端から連絡先交換してるんですよね?」

「アンジェ……リカさん?」

「……お父さんの本命って誰なんです?」

「とりあえずここでそういう話するのやめようぜ? な?」


 戦々恐々としながらご機嫌取りに励む俺に、父親の権威など全くない。

 勇者の威光? それはかなり早い段階で消し飛んでいる。アンジェリカ相手に自主的に赤ちゃん返りした時点で消滅済みだ。

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